紺碧に映る森
ミンサガ
もう帰る

ワロン島
エメラルドの海、コントラストの強い色合いの空。そしてさんさんと照らす太陽。
此処はマルディアスの最北にあり、其の為いつも夏である。
従って、マルディアス中の人間が観光におとずれる。

クローディア、ジャン、パトリック、ゲラ=ハ、シフの一行は日ごろの旅の疲れを癒しに此処にやってきた。
もちろん、それを提案したのはバカンスという概念を唯一もっている帝国貴族のパトリックである。
クローディアは特に反対する理由もなかったので、パトリックの提案を受け入れた。
それに、ワロン島生まれのゲラ=ハによるとこの島には広大な森があるという話だ。
ジャンはもちろん、暑い所には生まれてこの方行った事のないシフも是非行きたいと、賛成した。



「いや〜暑いですね〜!!」

とバファルで最も暑苦しい男であるジャンが心底暑そうに一行に言う。

「そう言われても困るわ、私達にどうして欲しいの?」

クローディアは世間話が苦手だ。そのようなことを言われると解決方法を探してしまう。

「いや、別にクローディアさんにどうにかしてもらおうとは思っていません!」

「そう」

クローディアはそこで話を打ち切った。
が、ジャンが言いたいのはこれから先だ。勢いよく提案する。

「皆さん折角ですから、泳ぎにいきましょ〜う!」

「・・・・面倒ね。それに私泳いだ事無いから・・」

クローディアは毛先をもてあそびながら、そう答えた。

「あ〜、そ、そうなのですか?じゃあ、シフさん行きませんか?」

ジャンはそれでもめげずに今度はシフに話を振った。しかし、シフも珍しく弱気かつ、申し訳なさそうな表情で答えた。

「あたしはバルハル族だからねえ、泳いだ事なんて生まれてこの方ないよ。」

またしても、ジャンの野望はくじかれたが、勢いよく後方を振り返って今度こそと言わんばかりに男二人に同意を求めた。

「え〜、じゃあ、パトリック様、ゲラハさん、男同士裸の付き合いと行きませんか!?」

しかし、帝国とは比べ物にならない熱気にすでにバテかけていたパトリックは、口を開くのも億劫そうに言った。
「この炎天下で泳ぐのは年寄りには重労働だの。わたくしは宿屋でゆっくりくつろぐ事にしよう」

ゲラハもまた、冷静に答えた。
「ゲッコ族は生理的に泳ぐのが苦手です」

それを聞いた他の4人はそれはゲラハだけだろうと心のなかで突っ込んだ。
野望を完全に砕かれたジャンは大袈裟にがっかりして見せた。、

「・・・・そんなあ、では一人で泳ぎます・・・」

「そうかい?悪いねえ。」

シフはすまなさそうに告げる。
体を動かすこと自体は好きである、他のスポーツであれば、一も二もなく同行したであろ。しかし、泳ぐのは実はとても苦手だった。

「ははは・・・いいですよ〜。泳ぎはメルビル親衛隊に必要な技術でもありますから、一人で鍛錬します。」

ジャンはシフの気遣いに力弱くわらって答えた。


「そうね。それがいいわ。いつ水路に落ちるかわからないから。」

クローディアは冷静に指摘する。おそらくローバーンでの事を言っているのだろう。
それは思い出したくない、できれば葬り去ってしまいたい過去だった。
というより、ついさっきまですっかり忘れていた。が、クローディアはしかと覚えていた。
最も覚えていて欲しくない人だった。
ジャンはがっくりと肩をおとし、一人寂しく海岸へむかった。
その様子を見ていたシフはクローディアに呟く。

「なんだか、かわいそうだね・・・・」

「私何か酷い事言ったかしら?」

クローディアはなぜ、ジャンが落ち込んだのかさっぱり訳がわからない。
ただ、思ったことを口に出しただけだった。

「まあ、悪気が無いんならいいじゃないか」

そんなクローディアの様子にしふはやれやれと苦笑した。

「あたしは暑いのはダメだねえ、涼しくなるまで、宿屋で寝ているよ。」

「では、私は鍛冶屋に行ってきます。」

ゲラハとシフはそれぞれ、自分の用を足しに去っていった。
二人の後姿を見ながらローディアは隣で半分意識が朦朧としているらしいパトリックに尋ねた。

「パトリックさん、貴方はどうしますか?」

「今日はちょっと、行動できそうにありません。私もシフ殿と同じく宿屋で休んでおります。何か有ったら声をかけてください」

パトリックはそう言ってふらふらとした足取りでシフの後を追った。
クローディアは一人取り残された。
シフやパトリックほど暑いのが苦手でもないし。かといって、鍛冶屋で直してもらうほどの損傷はない。

しかたがないので、ウェイプの市場に行った。
そういえば一人で市場に行ったことはなかったなと思い至ったからだ。
人ごみは苦手だが、たまには一人で行動してみるのもいいかもしれない、そう思った。
メルビルやクリスタルシティの市場と佇まいがちがう。
それに、見た事の無い物が所狭しろ並んでいる。

「これは果物かしら?」

クローディアは果物にしてはゴツく、毛むくじゃらな物体を手にとってみた。

「それはヤシの実だよ!」

店の中から突然声をかけられ、クローディアは手にした物体をもとにもどした。。

「ヤシ?」

「なんだい?知らないのかい?ここら一体に生えている木だよ!ほら、この木もそうさ。」

そう指指された先を見た。
迷いの森にある木とはだいぶ様相が異なるので。これが木とは思えなかった。
でも、その木にふれてみる。
掌から伝わる命は間違いなくシリル神のつくりたもうた物だ。

「そう、これはヤシというのね。」

改めて、街中を見回すと、同じような木がたくさんある。

「迷いの森の植物と見かけはだいぶ異なるけど、同じ植物なのね。」

「そうさ!森は何所にでもあるんだよ!植物の集まるところが森さ。」

その言葉にクローディアははっとした。
オウルが亡くなって、迷いの森とは決別した。
だが、けっして森から切り離された訳ではなかった。
大きさの問題ではない。緑が集まる所それが森だ。
自分が見ようとしなかっただけで、森は何所にでもあった。

「もしかしたら、その事に気づかせる為にあの森は私を追い出したのかもしれない。」

クローディアが物思いにふけっていたのはほんのわずかの間であろうか?
ふと気付くと店のおばさんがストローのささったヤシの実にを差し出していた。

「ほら、これもっていきな」

「でも、私今お財布もっていないわ」

「良いんだよ!もって言っておくれ。そうそうこのヤシは食べるんじゃなくて飲むものだよ」

そう言って押し付けられた。

「有難う」

それはヤシの実のことだけではなく、いろいろな事を気づかせてくれた事に対して、クローディアはお礼を言った。



「・・・・・でもどうしよう、一人ではこんなに飲めないわ」

おばさんの好意はとてもうれしかったが、もらったヤシの実は大きすぎてとても一人で飲める量ではなかった。
気付くと足は海辺に向っていた。



「はあ、俺なにやってんだろ?」

ひとしきり泳いだ後、ジャン突然の虚無感におそわれた。
そして、一人砂浜に体を投げ出し、空を流れていく雲を眺めていた。空は刻刻と薄い紫色に変化していた。
そのうち、銀の月のエリスと赤の月のアムトが西の空に現れるだろう。

しばらくそうしていただろうか?
自分に落ちた影に気付いた。その影の主に気付いてガバと起き上がった。

「クロ〜ディアさん!何時からそこにいたんですか?」

「ずっと前から此処にいたんだけど、あなたが気付いてくれなかったから。」

慌てふためくジャンとは対象的に、何時もの様に髪を掻き揚げながら冷静に告げる

「すみませ〜ん、考え事してたものですから」

思わぬ事実に狼狽したジャンは頭を掻きながら言い訳をする。がどうやら墓穴を掘ったようだ。

「あなたでも考えることがあるのね。」

さりげなく酷い事を口にしたが、別段悪気はない。ゆえに余計にグサリとくる。

「ははは、相変わらず手厳しいなあ・・・・クロ〜ディアさんは」

ジャンは弱弱しくわらった。
クローディアはジャンはいつもこう言う表情をすると思った。がそれが自分のせいであるとは気付いていなかった。

「はい、これ」

何の脈絡もなく、手にしたヤシの実を差し出す。
その行動パターンはまるで、旧友のようだと思った。

「え?なんですか?爆弾?」

ジャンは突然の事に何がなんだかわからない事を口走った。
言った直後にしまった〜〜〜と思ったが、クローディアは別段気にした様子も無かった。

「爆弾なわけないでしょう。さっき市場のおばさんからもらったの。ヤシの実だそうよ。あんまり量が多いから、貴方と食べようと思って持ってきたのよ」

「あ〜、これがヤシの実ですか〜!!」

「貴方も初めて見たの?」

「いや、見た事はあるけど、食べた事はないですね〜」

「じゃあ、一緒に食べましょう。じゃあ貴方から飲んで。」

クローディアは無造作にヤシの実をジャンに手渡した。

「わっかりました〜行きますよ〜」

ジャンはそう言ってストローに口をつけて飲んだ。
ひたすら泳ぎまくっていたので、かなり喉が乾いていたようだ。
ごくごくと勢いよく飲んだ。全部飲んでしまいたい衝動に駆られたが、いくらなんでもこの人の前でそんな無様な様子を見せるのはいかがなものかと思い、なんとか理性で衝動を打ち負かした。
ストローから口をはなし、無駄に明るい口調で言った。

「いや〜、なかなかおいしいです。さ、クローディアさんも飲んでください」

そしてクローディアもそれを受け取り、ストローに口をつけて飲んだ。
その様子を見ていたジャンはふと気付いた。
そして、言わなければいいのに、思わず口に出してしまった。

「・・・・・いやあ、間接キス・・・とと何でもありません」

ジャンはいつものように、くちにしてしまってから後悔し、慌てて否定する。
そんなジャンにクローディは特に表情も変えずに、ただ一言

「そうね。」とだけ応えた。

ジャンはどぎまぎしながら、空に目をやる。
何時の間にか濃い紫色になった空には東から上ったアムトの赤い月があった。
ジャンの後ろから同じ空を見上げたクローディアは

「ねえ、ジャン、知っている?アムトの月は恋人達を祝福するんだって」

と意味深なことを尋ね、更にジャンを混乱させた。


2006年10月 有難うございました!
クローディアの「あなたでも考えることがあるの?」ですが、ほかの小説でグレイもジャンに対して同じような事を言っております。
読み直すまで気付かなかったので、無意識でやったのでしょう・・・
つまり、私の中のジャン像はそういうキャラというワケです。
もう帰る


inserted by FC2 system