真相はそういう事だ
ミンサガ
もう帰る
今より8年ほど前。
メルビル、エリザベス宮殿

ジャンは宮殿1階の親衛隊隊長ネビルの部屋の前で幽鬼の様に呆然と立ち尽くしていた。
いつも無意味にハイテンションな彼には珍しい事である。おそらく明日は雪でも降ることだろう。

あまりに現実味を欠く状況だったので、ジャンと同じく親衛隊に属する者達は気味悪がってそそくさと通り去っていった。
グレイは別に気味悪いとは思わなかったが、他の用事があった為、ジャンにかかわっている暇はなかったので一瞥しただけで通り過ぎた。

だ、用事を済ませて同じ道を引き返してきてもまだそこに同じ様子で微動だにせず佇んでいたので、さすがに何事だろうかと訝しく思い声をかけた。

「おい」
「・・・・・・」
「ジャン」
「・・・・・・・・・・」
返事が無い。
ただのしかばね・・・のはずはないだろうが、とにかく尋常な様子ではない。

傍に来たグレイに気付く様子も無くまだ、うつろな目で窓の外を見ていた。
あまりに無反応な為、ジャンを模した蝋人形か何かだろうか?と埒もない無い考えが頭をよぎったが、そこに蝋人形を置く必要性がないし、そもそも一介の兵士であるジャンを雛型にする理由が分からない。

「おい、ジャン」
肩にてをかけて再び呼びかけた。
すると突然ジャンはびくりと硬直したかのように全身を震わせ、大声で叫んだ。

「うわああああああ!!!!びっくりしたああああ!!」

「びっくりしたのはこっちだ」

グレイはすかさず返すが、その様子は全くいつもと変わらなかったので、常人には驚いているかどうか判別するのは不可能だ。

「なあんだ、グレェイ。いきなり声をかけないでくれよぉ〜」
さっきまでのうつろな様子は消え、何時もの煩いジャンだった。

「さっきから何度も呼んでいる」
「そうかい!そりゃあ悪かった。いやあ、考え事をしていたもんで、気付かなかったよ」

咎めるような友人の言葉に対し、ジャンは決まり悪そうに、言い訳をする。が、効果的では無かったようだ。

「ほぉ、お前でも物事を考えることがあるのか。具合でも悪いのか?」
グレイは友人のありえない行動に少し心配したが、この状況にたいしてはありがたくない心配だ。

「そりゃあないよ。俺だってやらかした事が重大だったらそりゃあ落ち込むさ」
「またか」
グレイはため息をつくように言った。

「おいおい、頻繁に俺が何かしでかしている様な事いわないでくれよ〜」
ジャンはおどけた様子で否定するが、もとより説得力はなく、あっさり否定された。

「というより、お前が何かしでかさなかった事があるのか?で、今度は何をしたんだ」
「聞いてくれよ!!」

ジャンはグレイ肩を両手でつかみかからんばかりの勢いでさっきまでのおどけた様子とは打って変わって必死の形相で訴える。

「だから、聞いている。早く本題に入れ」
ジャンと比べると冷静すぎる対応である。
グレイとジャンの感情のベクトルは反比例しているようだ。

「あのさ、ネビル隊長の部屋にサボテンの植えられた全長15センチぐらいの壷があっただろう?」
「そんな物は知らん。だいたいそれは壷ではなく鉢だろう」
比較的どうでも良い事に突っ込みを入れた。

「いや、あるんだよ。いや、あったんだ。それはな、皇帝陛下から賜れた大変由緒ある名品らしいんだ。
いや、名誉の品といったほうがいい」

マルディアス最大国家の最高権力者の「恩賜の品」がサボテンの、しかもたった15センチの小さな鉢植えだなんて、なんと懐の小さな話だろう?と思ったがそれは言わぬが華だ

「それを一目見ようと手を伸ばしたら、突然転げ落ちて・・」
「それだけで落ちるか・・・」
しどろもどろに説明するジャンに対して至極当然な突っ込みを入れた。

「いや、手が滑って、転げ落ちて・・そして壊してしまったんだ。どうしよう!!!??」
「謝罪するしかないだろう」
それもまた至極当然な答えと言える。それはジャンも分かっている。
だがそれを躊躇うのには理由があった。

「そりゃそうなんだが・・・俺このあいだも、彫刻に触ったら突然壊れて・・・」
「触っただけで壊れる訳ないだろう」
先ほどと同じ突っ込みを入れる。
傍から見たらただの漫才にしか見えないだろうが、本人達は至って真面目だった。

「いやあ、実はあんまり急いでいたもんで階段を駆け下りていたらぶつかってしまってさ。
なんであんなところに彫刻が置いてあるんだろ?走ってたら気付かないよ」
その彫刻は階段の踊り場の壁際、つまり普通なら通る所ではない場所にある。

「・・・・一体、どうやったらあんな巨大な物に気付かないでいられるんだ?」
ちなみにその彫刻は人魚をモチーフとした3メートルほどの大きさのクリスタルシティ産の大理石で作られていた美術的価値の高いものであった。

大きさの問題ではなく、存在感が尋常ではなく、周りを圧倒するほどであった。
気付かないのはよほどのうっかりものか、感受性のない者かのどちらかであろう。

「1週間前にネビル隊長に大目玉をくらって始末書と反省書20枚書かされたばかりなんだ・・・そんな、わずかの期間に今度はネビル様の大事にしていらっしゃるサボテンを壊してしまったら・・・・・」
ジャンはいったん、言葉をきってから天をあおいで何かに祈るしぐさをした。

「あああああ!!何てなんてこったい、一体どうしたらいいんだぁ・・・オーマイガー!!」
ジャンに、はた迷惑にも「我が神」と呼ばれた神がどの神だかは定かではなかったが、もしこの様子をもしエロールが見ていたら・・・あの神の事だ。
面白がって、余計に事を大きくするであろう。
マルディアスには善神と名乗っているだけの邪神が多いのだ。
だから、みだりに神に助けを求めないほうが結局は良い結果に終わるのだと言う事は、神官や魔術師のようにちょっと神の事を知っている人であれば常識である。

そんなジャンを静かに見ていたグレイは一言。
「なら、俺が代わって謝罪しよう」
その言葉にジャンの動作はピタリと止まった。
「へ?」

ジャンは言われたことに理解できないように呆けた表情で友人を見る。

相変わらず、グレイの表情に変化はない。こいつの顔は実は仮面なんじゃないかとジャンは思ったが、口にしたのは別の事だった。

「じ、冗談はよせよ〜!人が悪いなあ君は!」
ジャンはわざとらしくおどけて言った。そしてこいつは冗談でも真顔で言うからたちが悪いと、自分のことを棚にあげて思った。

「冗談ではない。ネビル隊長は何処にいる?」
「え、あ、部屋にいると思うけど・・・でも・・」
ジャンが躊躇いながらもそれでもしどろもどろに答えている間にグレイは「そうか」と一言だけ口にして目的の場所に向った。

ジャンは訳がわからないといった顔で、しかし、どうしたら良いかわからず、その後ろ姿を見送るだけであった。





それから8年後
メルビル2階の酒場

「まさか、あの時本当に君がそんな行動に出るとは思わなかったんだ。」
ジャンは8年ぶりに再会した友人にアルツール産の葡萄酒を注いだ杯を渡しながら続ける。

「そして、ネビル隊長がそれが原因で辞めさせるとは思わなかった。」
ネビル隊長はあの後ジャンに対して、広大な裏庭の雑草採りを半年間毎日行う事を命じたのだ。
完全に真犯人に気付いていたと思われる。そして、犯人である自分には罰を与えたものの、結局辞めさせはしなかった。
だから隊長が友人に対して取った行動が理解できなかった。

「本当にあれからずっと、君に対して申し訳無い気持ちで一杯だった。何で止めなかったのかと後悔したんだぜ。」
何時もと変わらず軽い口調だったが、その顔には情けないぐらいに悔恨の表情が広がっていた。

「だとしたら、悪い事をしたな。隊長はずっと俺を辞めさせがっていた。
ただ、それまでそうするきっかけが無かっただけだ。だからお前が気に病むことはない。」
そう語るグレイの表情は相変わらず、何の変化も見られなかった。
だが、その内容はただ事ではなかった。

「そんな事はないだろー!だって君は落ちこぼれの俺と違って優秀だったじゃないか!俺なんていつもネビル隊長に怒られたもんだ、少しはグレイを見習えってね」
ジャンは暑苦しいほどに否定する。

「表面には出さないようにしていたが、隊長には初めから嫌われていた。」
「ええ、そんな事は・・!」
ジャンは否定しようとしたが、しきれなかった。それはジャンにも薄々は感じていた事だ。

あからさま表す事は無かったが、傍らにいる友人に接する時の妙に構えた態度は鈍感なジャンにも気付いた事実だ。それを向けられた本人にはひしひしと感じられたことだろう。
「・・・なんでなんだろう?」
ジャンは独り言のように呟いたが、声が大きい為、あっさり拾われてしまったようだ。
「さあ、本人に聞いて見なければ判らんな。」

そうは言ったがグレイにはおおよその検討はついていたし、それは幼い頃から何度も経験した事だったので、ことさら驚く事でもなかった。それに
「心に闇を抱くものほど、他者の闇を敏感に察するものだ、と義父は言っていた」
聞こえない範囲での独り言だったので、ジャンには聞こえなかった。

「え?なんか言った?」
「別に何も」

ネビル隊長に全幅の信頼を寄せている友人にあえて聞かせる事でもない。
「それならさ〜」

ジャンはやや、重くなりかけた空気を振り払うように、何時もよりもさらに声を張り上げる。いくらこの酒場が喧騒に包まれているとはいえ、隣でそんな大きな声をだされてはたまらない。

「なんで、わざわざ自分からそんなきっかけを与えるようなマネをしたんだ?」
その言葉にグレイはジャンの顔をまじまじと見て、そして、わずかながらにため息をついた。ジャンの知る限り、グレイの表情に変化が見られたのは今日はこれが始めだ。

「・・・お前本当に鈍感だな」
「え?」

豆鉄砲をくらったハトのようなジャンを見て、さらに深くため息をついた。
これでは、クローディアの気持ちにも気付かないわけだ・・・・・と、
誰が見てもそれとわかるほどジャンに想いをよせる旅の仲間が不憫だと思った。
もしかしたら、あからさまなモニカの好意にも気付いていなかったのではないだろうか?きっとそうに違いない。

「なあ、なんだよ!グレェイ!気になるだろう!」
無邪気に聞きかえすジャンに対して一言
「知らん」
何時もの様に会話を強制終了させた。

2006年8月 ありがとうございました!
適当に打ってたらこんなんできました。
グレイはグレイなりに、ジャンの事が好きなんだよっていう話。
グレイとシェリルは親子設定はここでも活きてます。
もう帰る


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