漆黒の帳が世界を覆う。
カマの神官はその中をウソの村い向けて歩を進める。
再びソウルドレインを封じる事の出来る者を探す為に。
そして、その技を伝授する為に。
神である身も人間界にあっては人間以上の力はもてない。
そして、それ以上に神であるものは人間界に過剰は干渉をしてはいけない。
それはだれが決めた訳ではないが、世界の不文律である。
だから、自らソウルドレインを封じる訳にはいかないのだ。
しかし、それを出来る人間を探す時間があるだろうか?
そのものの気配はウソの地から遠くはなれたここにいてもひしひしと感じられるほど強大になりつつある。
それはつまり、封印が弱まっているのだ。
アレが完全に復活するまでにはそれほどの期間を要しないだろう。
あの愚弟が作り出した魂のうつろなる人形が復活してしまったら、多くの魂が失われるだろう・・・
魂は生と死の環の中になくてはならない。自らの意思でたまにそこから外れるモノもいるが、だからといって、他者がそれを強制する事は断じて許してはならない。
カマの神官はわずかばかり焦燥を感じた。
「あら、ずいぶんとお急ぎね?」
何処からとも無く現れたのは燃えるような赤い髪を持つ女性だ。彼女はからかうように笑みを浮かべていた。
勿論それが誰だかは分かっている。自分がこの世で最も苦手だと思っている人物だ。
それは表情には出さず、代わりに口から出したのは一言。
「ソウルドレインを復活させる訳にはいかぬ」
それをうけた女性は、おかしそうにくすくすと笑い声をあげながら尋ねた。
「貴方は一体何を憂慮しているの?」
カマの神官は無言で答えない。だが、女性は畳み掛けるように続ける
「彼が貴方の哲学に反する生き物だから?」
「それとも・・」
赤い服を着た女性はそこで言葉を一旦きり、そして今迄顔にあった笑顔を消し、
死の王を凝視した。
姉の銀の月はその視線で奥底まで射抜くという。赤の月もまた同じ瞳を持つ。
「心配?そいつのせいで無辜の民の命が奪われる事が?」
その力が届いたのか定かではないが、神官の動かない表情に変化の兆しがみえた。
それを確認した女性は、意地が悪いとしか言い様の無い笑みを浮かべ、さらに言い募る。
「ふふふ、おかしいわね、あなたが人の死に対して心配するなんて・・」
カマの神官は沈黙を続けるままだ。
赤い髪の女性はとどめに一言。
「邪神の長兄であるあなたが・・」
其の刹那、死の王の表情に怒りが湧きあがった。
その感情が何に向けられているモノなのか、それは自身にも判らなかった。
「失せろ!」
目の前の女を断ち切ろうとするように。神官は背のカマを一閃させた。
だが、カマがあたるや否や女性の影は一瞬にして掻き消えた。
最初からそこにいなかったかのように跡形も無く消え去った。
そしてもとの静寂の闇が戻った。
否、西の空に刀の切っ先のような細い光があった。
限りなく紅い色。
まるで、先ほどまでそこにいた女の髪のようだ。
それは夜のそらを切り裂くように西から上ったばかりの紅い月の新月だった。
いまのはそれが見せた幻だったのか、それとも、己の心像風景だったのか・・・・
分かっているのは、あの月に自分が煩わされているという事実。
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