アムトの日の贈り物
ミンサガ
もう帰る
飛竜月4日

どこかの世界の暦で2月14日であるこの日はマルディアスでは「アムトの祝祭日」と定められていた。名前の通り愛の神アムトが生まれた日として言い伝えられており、故に人々は、この日はアムトに感謝を捧げる。

いや、かつてはそうであったというべきであろうか?。
恐らくお菓子屋を始めとする商店ギルドが巧妙に仕掛けたのだろうか、時を経るごとに「好きな人に贈り物をする日」に変貌していった。

挙句の果てに最近では「この日に恋人達がアムト神殿で愛を誓い合うとするとそれは永遠になる」という訳のわからない風評が広まり、お陰で北エスタミルは毎年この日は各地から訪れる参拝客で大変な騒ぎになっている。

だが、エスタミルとしては金を落としてくれる旅人はありがたい。故にこの行事を一番の稼ぎ時として歓迎している。

その風伝を広めたのは、アムト神殿の関係者達かもしれないとも言われているが、真偽の程は定かではない。だがアムト神殿が授与する「愛の守り札」は恋人達に大人気であり、それが、神殿の一年の収入の大半を担っているのは確かな事である。

最初は商人達の思惑で始まった行事だったが、さすがに100年以上も続けば定着する。
男も女もひそかに思いを寄せる相手、若しくは恋人にプレゼントを選ぶのに余念がない。そういう日になってしまった。

「まあーったく、凄い人ね。一体どこからこんなに沸いてくるんだろう?」

2年ぶりに故郷に帰ったミリアムは、町に入るなり雑踏に巻き込まれてしまい、久し振りの故里を懐かしむようなゆとりも情緒もなかった。

ミリアムもまた、思いを寄せる人に贈り物を選んでいるのだろうか?
いや、実はそうではなく、ともに旅をする仲間への誕生日プレゼントを選んでいるのだった。

「あ、かっこいい帽子ね。うん、ガラハドにはこれが良いかな。頭も隠せるし」

そう言いながら、素早く、手ごろな値段である事を確認する。買い物には直感と勢いが大事だとミリアムは信じているので、迷うことなくすぐさま購入する事に決めた。

「とりあえず、一つはこれで良し!さて、問題はもう一つのほうね〜」

町の様子をうかがいながらため息をつく。
商品よりも人のほうが多い感のある店を出ても、町はそれ以上ににごった返している。

その様子にやや、気おされたが、「よし、いくぞ〜」と何処かの王太子殿下の口調を真似て決意を表明し、最も混雑が予想されるお菓子屋に足を向ける。

何故か、この行事ではお菓子、それもチョコレートが贈り物として大人気である。と、いうよりアムトの日といったらチョコレートと言うぐらい定番である、異性からチョコレートを貰ったらそれは「好きです」いう意思表示であるともいわれる。

恐らく、「値段が手ごろだが、それなりに見栄えがよく、すぐ消耗するから貰っても邪魔にならない」というのがそれが定着する事になった理由だろう。
お陰で、菓子店は大繁盛だ。

戦いにでも赴くような表情をしながら勇ましく歩を進めるミリアムは愚痴るように呟く。
「まったく、見た目によらず甘い物が好きだなんて、いい加減にしよね!」
勿論、ミリアムとて、この日にチョコレートを上げることの意味を理解している。だからこそだ。


「さて、どうするか・・・」

一方その頃、見た目によらず甘党なグレイは、頭を悩ませていた。
誕生日が同じ月である事から、一番早いグレイの誕生日にまとめて祝うのが恒例になって久しい。

それは手間が省けていいのだが、贈り物を考えるのはいつも悩みの種だ。
ミリアムへの贈り物は、もう既に決めてある。ずっと渡さなければいけないと思っていたものだ。だから問題はない。問題はガラハドだ。

好き嫌いがはっきりしていて、よく自分の好みを口にするミリアムと違い、ガラハドの好みはよく分からない。

いや、彼の欲しいものは良く分かっているのだが、アルツールに行かないと手に入らないし、そもそもそんな大金はない。

いっそ、それを模した氷菓子でも買おうかとも思ったりしたが、それではまるで馬鹿にしているようなので、気が引けた。それとも実用的に「髪に優しい薬草」にでもするべきか。
と、思考が若干おかしな方向に行き始めたが、ため息をつくことで強制終了した。

「誕生日なんていうものを考えたのは一体誰なんだろうな」

まったく、面倒な風習だとグレイは思った。
そもそも、自分が本当はいつ生まれたのかなんて知らなかった。たまたま、その日に拾われたからそういう事にしているだけだ。

だいたいからして、義父は人の世の行事にはあまり頓着しない質だったので、特に何かした記憶はないし、生まれた日を祝うものだとは友人のジャンから聞くまで知らなかった。

遠い昔の事を思い出している自分に対し、表情は特に変わらなかったが内心苦笑し、「やれやれ」と腰に手を当てた。その時冷たい質感の物に触れた。

(ああ、そういえば一度だけあったな)

グレイは空気のようにそこにあるのが当然のようになっていたそれを、改めて手にとって眺めた。

記憶が、手に取れそうなほどに鮮やかに脳裏に映る。

(あれから、ちょうど15年経つのか・・)

過去に思いをはせていたのは、実際にはごく短い時間であった。
元気な声に現実に引き戻されたからである。

「グレイ!」

声の主を確認するまでもなく、誰だかは分かっていた。
このエスタミルで自分に対し親しげに呼びかけるような人物で思い当たる人物は数えるほどしかいないうえ、それで女となるともう一人しかいない。

「ミリアムか・・」

だからそう口した言葉は、疑問でも確認でもなく仲間に対する彼なりの挨拶みたいなものだ。

「・・・一体何があったんだ?ケンカでもしたのか?」

ミリアムの髪は乱れ、手袋やブーツがずり落ちるなど、服もよれよれになっていた。お洒落が大好きで、身だしなみに気をつかう彼女とは思えない有様だった。さらに、手袋で隠れていない二の腕は痣をこしらえていた。

グレイがそう不審に思うのも致し方ない。
ミリアムは彼が表面に現れないだけで、人並みの感情はあると長年の付き合いで知っているので、杞憂だというように、おどけて答えた。

「ケンカなんて可愛いものじゃないよ、戦争だね、あれは」

ガラハドへのプレゼントを買ったあと、もう一人の仲間へのプレゼントを買いにエスタミルで一番美味しいといわれている、菓子屋に行ったミリアムは、予測どおりの大混雑に一瞬ひるむも、覚悟を決めて決死のダイブをした。

「・・・横から髪は引っ張られるし、ゲットしたと思った横から奪われそうになるし、レジに並べば横から入ってくるずうずうしい奴もいるし、兎に角大変だったんだから。きづいたら、引っかかれた痕もあるし、もういやになっちゃう!」

ミリアムはその様子を冗談めかして語ったが、半分は本気で怒っていた。
そして、困った事にその怒りの矛先はグレイにまで、向った。

「もう!大体あんたが、甘い物がすきなのがいけないのよ!」

「・・・俺は別に、それ以外のものでもいいんだが・・」

理不尽な文句をつけられるのは今に始まったことじゃないので、驚きも焦りもしないが、そこで謝罪するのも違う気がしたので、とりあえず反論しておいた。

「もう!分かってないな〜!」

ミリアムは物凄い形相で相手の顔をキッと見つめる。
本当に分かってない、こいつは。と思うとミリアムは自分の苦労がばかばかしくなると同時に本気で怒りが湧いてきた。

その様子に気付いたグレイは理由は分からなかったが、自分の一言がくすぶる程度だった火種に余計な油を注いだのだと気付いた。
だが、何が彼女を怒らせたのかがわからない。
そうやって対峙していたのは、恐らく大した時間ではないのだろうが、とても長く感じた。

「おお。奇遇だな。二人もここにいたのか。」

もう一人の仲間、ガラハドが剣呑な二人と対照的に笑顔でやってきた。

「ガラハドか」

グレイは特に表情は変えなかったが、内心助かったと思った。

「お〜ガラハドじゃん!どうしたの?」

ミリアムはガラハドの笑顔を見た途端、自分が怒っていたことが馬鹿馬鹿しくなり、わざとのようにはしゃいだような声を出した。

ガラハドの登場で一触即発だった雰囲気は一気に和やかなムードになる。
まったく、この人がいなければ毎日のように言い合いしてる事になるだろうなとミリアムは思った。

確かにすぐに怒る自分も良くないのだが、無表情かつ言葉少なに返されたら、誰だって腹もたとうというものだ。

「ガラハド、あんたは一体何を買いに来たのよ?」

左手に抱えた大きな荷物を見て興味深げにミリアムは尋ねた。とてもさっきまで怒ってた人物とは思えない満面の笑みである。
そんなミリアムを見てグレイは複雑な気持ちを抱いた。
やれやれ、と呆れるのが大半だが、ほんの少しばかり、ガラハドに対する嫉妬があった。

自分でも理由が判らない感情だった。

「ああ、せっかくアムトの日なのだから、チョコレートケーキでも作ろうとおもって材料を買いに来たのだ。私にはチョコレートをあげる相手などいが、雰囲気だけでも満喫したいと思ってな。」

ガラハドは無骨な外見に似合わないような事を照れたように言う。しかもケーキを作るための道具やら材料を両手に抱えている様は熊がハチミツツボを抱えて蜜を舐めているような愛嬌がある。

ミリアムはそんな仲間の様子に思わず吹き出しそうになるのをこらえながらも、今にも爆発しそうだった怒りが引いていくのを感じたので、感謝した。気分がよくなったので、ついでにこのような提案をした。

「面白そうじゃない!あたいも作るの手伝う!!ねえいいでしょう?」

だが、それに対して、ガラハドは困ったような笑いを浮かべてこう言った。

「いや、遠慮しよう」

「え〜どうして?」

不服そうに声を上げたミリアムにガラハドは本当の事を言うのは避けて、

「いや、これは私から二人に贈るものなのだから、その相手に手伝ってもらうのは筋が違うだろう」
と婉曲に断った。

ミリアムはそのこじつけのような返答に対し特に疑問も抱かず、「それもそうだね。」と至極あっさりと納得した。

其のやり取りを見ていたグレイが表情には出さないが、ほっと胸を撫で下ろしたたことは言うまでもない。ミリアムに作らせたら「元ケーキ」のような無残な代物が出来るであろう事は火を見るより明らかだ。
当然、ガラハドも同じだった。

「では。私は先に帰ってケーキを作る準備をするとしよう」

ガラハドはミリアムが「やっぱり手伝う」と言い出さないうちにあわただしく立ち去ろうとした。

「うん、判った。」
「楽しみにしている」

残されたミリアムとグレイはは口々に言い、人ごみの中に消えていこうとする仲間を見送った。

「あ、そうだ」

人波にのまれようとする寸前にガラハドは二人の方に振り返り、からかうようにこういった。

「せっかくなのだから、アムト神殿で『復縁の札』でも買ったらどうだ?」
「・・・・」
「な!」

ガラハドは何時もの様に表情を変えずに押し黙ったグレイと顔中で当惑を表したミリアムの対照的な反応を確認し、にやっと笑いながらきびすを返し、そのまま波に飲まれていった。


2008年 ありがとうございます!
つか「冒険者トリオで誕生日パーティネタ」はやりたいと思っていたのですが、グレイの誕生日『飛竜月4日』が2月14日なんじゃないかと思い始めたので、バレンタインネタもかねてやる事にしました。
もう帰る


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