アムトの夜の祈り5
ミンサガ
もう帰る
町の外で一部始終を見ていたローブの男、死の王は夜空に浮かぶ赤い月を見ていた

「愛か・・、私には理解できぬわ」

冥府さらにおくの煉獄の最奥につなぎとめられている戦神の従者の行動も、先ほど少年を庇うために自ら命を落とそうといた金の髪の少女の行動も、其の少女のために命を捧げようとした灰色の髪の少年の行動も全く理解の出来ない事だった。

どんな理由があれ、命を軽んじる行為は生命の循環を管理する死の王にとっては許し難い行為だ。だが、人間達はいとも簡単に愛の為といい、命をすてる。
本当に全く理解の出来ない行動だ。

「お主とは永遠に理解し合う事はできぬな。アムトよ」

そういう死の王の視線の先には赤い月が、抗議するように煌々と輝いていた。

理解できないといえば、妹が1000年前に取った行動も全く理解の及ぶ所ではない。

妹はかつて「母のようにありたい」といい、そしてあろう事か人間に身をやつした。
その願いは長い年月を経て、6年前にかなえられたようだ。

「来たか」
先ほどの少年がローアンの町から出て来た。
「もう、良いのか?」

死の王は少年に尋ねた。少年は何も言わずに頷いた。今はもう、何かを言うだけの気力がなかった。

さっき、町の医者が言ったように、確かに体力の限界だった。そして、今まで気にならなかった、右肩の傷が激痛となって主張しはじめた。

「では、約束どおりお前の命を貰おう。」

其の言葉は少年の耳には届かなかった。
緊張の糸が切れたのか、意識を失った。

死の王はそのまま崩れ落ちてレンガの道にたたきけそうになった小さな体を支えた。

「暫くの間な」
死んだように、眠った少年に向って一言付け加えた。

その時、目の前の闇が少しだけ揺らいだ。
それはよく知った気配だった。

「シェラハ・・」

闇に白く浮かび上がった白い顔。それは紛れもなく、妹の闇の女王だった。
自分の知っている妹の顔ではない。すくなくとも闇の女王と恐れられていた者の顔ではなく、子供の身を案じるただの一人の母親の顔だった。

「案ずるな、お前の子供であれば、粗略には扱わぬ。」

兄の太陽神や弟の破壊神の子ならいざ知らず、と心の中で付け加えた。

其の言葉に安堵したのか、闇の女王の幻は現れた時と同じように一瞬にして掻き消えた。
そして其の瞬間、空気を震わさない言葉が死の王の意識に届いた。

「その子を宜しく頼む。兄者・・・」





死の王は仮面に隠れて判別できないが、沈痛な面持ちで妹を見送った。
そして、右手に抱えた小さな命に意識を移す。

数日前、いつものように冥府に闖入してきたエロールに言われた言葉を思い出した。

人間の力しかもたないが、生まれた時から闇の加護をうけた子供。其の闇が回りの人間の感情を歪ませる。そして、其の矛先は少年自身に向けられるだろう。だからあの子供が自分の闇の力を制御できるまで、人間の世界から隔離して欲しい。
あの、人を(神を)食ったお調子者の兄は、珍しく真面目な顔でそう語っていた。

死の王の「何ゆえ、私にそれを頼む?」との問いに対する
「貴方なら特別にあの子に情をうつさない代わりに、特別に危害も加えないでしょう」
との答えに、それ最もだと、至極あっさり納得し、そして引き受ける事になった。

だが、彼を探し出すのが少しばかり遅かったようだ。もう少し早くたどり着いていればあの少女を巻き添えにする事は無かっただろう。
この少年の心に深い傷を残してしまった。それは神の力をもってしても癒す事はできない。
「時が癒してくれると良いが・・」

とにかく、今はこの少年を自分の支配領域に連れて行く事が先決だった。
死の王デスは少年を抱きかかえたまま、空間を移動した。
東の地、リガウ島へ。



一部始終を見ていた赤い月のアムトは、死の王が少年に向けた感情が自分のよく知っている感情だと言うことが手にとるようにわかった。

光の神が死の王に闇の女王の子供を預けた其の真意は、危害を与える事も無い代わりに特別に誰かに愛情を注ぐ事はないという事だった。
それを知っているアムトは「これはお父様の誤算かもしれないわね」と内心にんまりとわらった。


2007年 こんなところまでお付き合いいただきどうも有り難う御座いました。
「綺羅星賛歌」でグレイが言ってた願い事はこれの事です。
仮面に隠れて表情が判らないと書いたすぐ下に仮面外した絵があるという矛盾。
もう帰る


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