甘くない砂糖菓子1
ミンサガ
もう帰る

アルツールは丁度ロレンジの収穫時期である。
加えて、最近はすこぶる天気が良い。
アルツールの果樹園は今日も盛況だ。
もちろん、アルツールのそこここに展開するフルーツパーラーも例年に増して、客入りが良い。



今日は予定より早めに町についたので、その一行は皆、思い思いに過ごしていた。
アルベルトとバーバラは夕食の材料を買いに市場へ、グレイは刀を修理しに武器屋へ、ジャミルは行き先を言わずに何所かに消えた。尋ねてもへらへら笑って逃げるように去って行ったので、きっと何かを盗みに行ったのだろう。

アイシャは今日は料理当番ではないし、武器も防具も未だ今のままで充分だし、泥棒を生業としている訳ではないので、ただ、ひたすらアルツールの町を楽しもうと思い、特に目的もなく、洋服屋を除いたり、本屋で本を立ち読みしたりしていた。

そして、ある宝飾品店で、大きい緑色の石があしらわれた腕輪を手に取り、
「あ、可愛いな〜」
と、ためつすがめつ眺めていた。

カウンターの向こう側から、丸い顔をした人のよさそうな女性が
「おや、お譲ちゃん、お目が高いね。あんまり見かけない文様があしらわれているだろう?これはね、お呪いの言葉が秘められた文様なんだよ。あんまり高価な物じゃないけど、それはね、100年ぐらい前作られたものさ。」

「お呪い?何の?」

アイシャは、買うつもりは無かったが、興味深々で尋ねた。
大体からして、アイシャぐらいの年頃の女の子は「おまじない」という言葉に弱い。

「ああ、それはね・・」

店番の女性はにこやかに答えようとしたが、突然アイシャが「あ!」と言っいながら、別の方向に走り去って行ってしまったので、強制終了せざるを得なくなった。

「・・・あれ?一体なんだい?おかしな子だねえ」

店番は、まだ話足りないとでも言うように、残念そうにため息をついた。
そして、次のお客を探した。






その頃、市場では
「胡瓜、ナス、たまねぎ・・・そして豆腐と味噌と・・・
あと、何を買えば良いでしょう?」

アルベルトは買ったものを確認し、さらに未だ必要なものがあるかどうか、傍らにいるバーバラに尋ねた。

「そうねえ、せっかくだからロレンジでも買っていきましょうか?」
バーバラは市場の何所かしこで山盛りになっているロレンジに目をやりながらそう答えた。

「え?味噌汁にロレンジを入れるんですか?」
普通に考えたら、そんな事はありえないのだが、今まで料理をとんとした事のないアルベルトは至極真面目に答えた。

バーバラもそれが分かっているので、馬鹿にしたりせずに、真面目に答えた。
「違うよ、デザートとして食べるんだよ。あ、でも意外とやってみたら美味しいかも・・・・」
そんな、恐ろしい会話をしながら、ロレンジ袋いっぱいに買い求めた。

「そういえば、ロレンジってオレンジとは違うのでしょうか?」
「そうねえ、確かオレンジと何かの配合で作られたんじゃなかったっけ?
オレンジより、皮がむき易くて甘いのよね〜」
「そういえば、グレイさんはロレンジは好きだけどオレンジは好きではないようですね」

「ああ、アイツは甘いのが好きだからねえ。」
バーバラはそこで、いったん話を切ったが、すぐに

「そういえば、アイシャも相当甘党だよねえ。」
「え、そうですね・・」

特に何を言われたわけでもないのに、アルベルトは一瞬顔を赤らめた。
その様子に気付いたか気付かないかバーバラは続ける。

「このあいだ、あたしが、ケーキ作ってたとき、間違えて砂糖を倍の量入れちゃって、ジャミルは元から甘いのきらいだから、一口食べたらもう要らないって言ってたのに、あの二人は美味しいって言いながら食べてたわね〜。」

「そ、そうですね」
そして、アルベルトはやっぱり何を言われた訳でもないのに、なんとなく落ち込んだ。
自分はジャミル以上に甘い物が苦手だから、あの時、アイシャと共感する事が出来ないのが歯がゆかった事を思い出した。

そんなアルベルトに突然、バーバラが声をかける。
「あら、かわいいわね。ねえ、ちょっと寄って行っていいかい?」
そして、一件の宝飾店の前でバーバラはアルベルトの腕を強引に引いて立ち寄った。



「・・・はあ、なにやってんだろ、私」
アイシャは、アルベルトとバーバラの姿を目にしたとき、最初は二人のそばに行こうとした。

が、二人が手をつないでいるのに気付いてしまったので、なんとなくその場から立ち去りたい衝動にかられ、とっさに来た道を戻ってしまったのである。

別に、アルベルトが誰と手をつないだって自由だし、自分には関係ないことなのに・・・と思おうとするが、沈んだ表情は元に戻らない。

さっきまでそうしていたように、いろいろな店をひやかしてみるが、あまり気乗りしない。
ついに通りの突き当たりにあるケーキ屋で、少し立ち止まった。
商店街はここで終わりだ。

元来た道を帰ろうとするが、なんとなく、帰りたくない気がしたので、ぼんやりとその店の前で立ち止まっていた。
暫くそうしていると背後から声をかけられた。

「一体どうしたんだ?」
「きゃ!」
突然の事だったので、アイシャは驚き、思わず小さく声をあげた。

振り返ると、そこにいたのはグレイだ。
「あ、なんだ、グレイか、驚いた〜」
「驚いたのはこっちだ」
グレイはそう言うが、まったく驚いている様には見えない。

アイシャは思わず笑いながら尋ねた。
「グレイこそ、どうしたの?刀の修理は?」

「いま、終わったんだ。で、店を出たら、お前がボーっとしていたから声をかけた」
「あ、もしかして、そこの武器屋にいたの?」

じゃあ、今まで、の行動も見られていたのだろうか?とアイシャは少し恥ずかしくなった。
グレイはそんなアイシャの様子に気付いたか気付かないか、一言
「とりあえず、行こう」
「え?何所へ?」
答えは、すぐにわかった。グレイはアイシャがぼうっと佇んでいたケーキ屋に入っていった。

「あ、待って」
アイシャはすぐに後を追った。
落ち込んでいても、甘い物を食べるのには不都合ではない。



「う〜ん、どうしようかな。ザッハトルテ美味しそうだな。やっぱりフランボワーズのムースも美味しそう!
あ〜、決められないよ〜」
アイシャはメニューに描いてある絵と説明文を見て比較検討していた。

「・・選べないなら、両方頼めばいいじゃないか」
すでに選び終わったのか、グレイはメニューをテーブルに置きながら冷静にアイシャに言った。

「え〜、太っちゃうよ〜」
アイシャは年頃の女の子にありがちなお決まりの抗議するが、次の瞬間何か名案を思いついたのか,
「あ!そうだ!」目を輝かせながら身を乗り出した。

「なんだ?」
そんなアイシャの様子に、珍しくほんのわずかながらたじろぎを見せつつ尋ねた。

「私がフランボワーズのムースを頼んで、グレイがザッハトルテを頼めがいいんだよ!そして半分ずつ分ければ両方楽しめるね!!」
アイシャはこれは名案だというように、一人納得する。

「・・・・ちょっと待て。俺はロレンジタルトが食べたいんだ」
しばしの沈黙の後、名案はあっさり却下された。

「ええ〜、ダメなの〜」
アイシャは一瞬がっかりしたが、次の瞬間に気を取り直して、
「じゃあ、私もロレンジタルトにする!」

ゴン!!

なにかがテーブルに当たったようだ。
「今まで散々悩んでたのは一体何だったんだ?」
グレイは額に手を当てながらすかさず突っ込みを入れた。

聞こえているのか、いないのか、ワザとの様に元気一杯な声でアイシャはそばにいた紅い服を着たウェイトレスに注文した。
「すみませ〜ん!ロレンジタルト二つとロイヤルミルクティ二つ下さい!!」

グレイとアイシャがケーキ屋でありきたりな漫才を繰り広げている間、バーバラとアルベルトは宝飾店で品定めをしていた。
といってもアルベルトはただバーバラの背後に立っていただけであったが。

「ねえ、アル。これ良いわね!」
バーバラがそう言ってアルベルトに見せたのは緑色の石のついた腕輪だった。

「あ、ああ、そうですね・・・」
アルベルトはやはり曖昧な笑みを浮かべながら上の空で答えた。
どうかと言われても、装身具など常に身近に有った故にことさら意識した事はないので、自分にはその価値がどれほどの物なのかは良く判らない。
ただ、その緑色の石は誰かの瞳のようだと思い、綺麗だなと思った。

「そうそう、これはね・・・」
待ち構えていたように、丸い顔をした人の良さそうな女性が宝石の由来について説明を始める。

「へ〜ええ。そうなんだ」
バーバラはその話に大げさに驚いてみせたり、感心してみせたりしている。
店主はその反応に気をよくし、さらに饒舌に話を続ける。
人を喜ばせる技術は踊りだけではないようだ。

アルベルトは、しばらくは終わりそうもないなと思ったが、かといって帰るタイミングも逸してしまった。所在無さそうに話を聞くでもなく、ただ佇んでいた。
バーバラと店主の声が遠くに響く。
そして、その話の発端となった宝石の色と同じ瞳を持つ少女のことを思う。

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2007年 ありがとうございました!
人に散々聞いといて結局別のものにするという事はよくあります。
もう帰る


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