深紅の月、漆黒の夜 4
ミンサガ
もう帰る

ジャミルとダウドはエスタミルの地下道に潜っていた。

ここは北側と南側を結ぶ道である。まだ、クジャラートに支配される100年前まで存在したエスタミル王国時代の遺物と言われている。
話によると戦争などの非常時には此処に民を非難させたらしい。ここから発見される様々な品物から、ここは長期にわたって生活できるように設計されていたようだ。ここは地下のエスタミルと言えよう。かつては。

ここがクジャラートの首都になってからは北と南を結ぶのはボガスラル海峡の渡し舟の方が主流になってしまい、この道は殆ど忘れ去られた、荒れるに任せるという状況だ。

だが、そのお陰でエスタミルに蔓延る犯罪者の結構な隠れ家となった。
エスタミルに住む人々は自分達の生活する足元に犯罪者の楽園があることを常に意識しており、常に脅かされた暮らしをしているといえよう。
当然一般人はまずこの道を通ろうとは思わない。
それにモンスターも住み着いていると噂だ。

「ねえ〜その情報は本当なの?だって子供の言う事だよ?」

ダウドは地下道を恐る恐る進みながら先を急ぐ相棒に尋ねる。

「それしか情報はねえんだ!しかたねえだろ!」

ジャミルは手にしたカンテラを一度石の上におく。そしてファラを助けたい一心で力仕事は苦手なはずなのに行く先をふさぐ瓦礫をどけていく。
長い年月、まったく整備がなされていなかった為、あちらこちらの壁や天井のレンガがはがれ落ちている。これを除けないと此処から先に進めない

「だって、ここにはモンスターもいるってファラのおばちゃんが言っていたよ」

「モンスターなんか所詮獣だろ?・・・本当に怖いのは何時だって人間だぜ」

ジャミルは何かを思い出したようにいまいましそうに吐き出しながらも瓦礫をどける作業を続ける。

「でも、怖いんだよ・・」ダウドは気弱に言いながら周りを見渡す。

カンテラの灯はあたりを闇からほんの少しだけ浮かび上がらせているが、その灯の不安定な揺らめきはかえってあたりの闇を濃くするように思えた。
見えなくても良いものすら見てしまいそうだ。
だが、あたりの空気が動いて見えたのはその不安な心のせいだけではなかったようだ。
ダウドは体内に内包する恐怖という感情をすべて引きずりだされる感覚に陥り、口からその感情を吐き出した。

「俺は1人でも行くぜ。」

ジャミルには相棒に気を配っている余裕はなかった。とにかく先に進みたかった。だから背後に不気味な気配が近づいてきている事に気付かなかった。

「うわ〜!!な、なんだよこいつは!」ダウドの叫び声にジャミルははっとして振り返る。

その先にいたのは巨大なモンスターだ。ダウドは腰を抜かしているようだ。

「冗談だろお〜!何でこんな奴がいやがるんだ?!」

そいつは図鑑でしか見た事がない、魔族と分類されるガーゴイルというモンスターだった。

「ダウド!下手に動くんじゃねえぞ!」

腰からレイピアを抜き、身構える。

「相棒に手え出すな!」

ジャミルは無謀にもガーゴイルに突進していった。





それより少し前、

「えーと、想像以上に広いですね。」

アルベルト達一行も同じく地下道にいた。

「地下道と一口に言われてもよお、一体それの何所なんだあ?」

ホークは石造りの地下道をカンテラで照らしながら隣にいたグレイに聞いた。

「知らん、俺に聞くな」

「そりゃないぜグレイ。お前が言い出したんじゃねえか」

「それしか手がかりが無かったからだ。」

いつもの様にそっけなく返す。その割りにグチとしか取れないどうでもいい質問にも応えを返す。「本当は人間好きなんじゃないか?」とアルベルトあたりは疑っている。
そもそも三人が何故此処にいるのかというと、グレイに言うように確かにそれしか手がかりがなかったからである。

彼らが、粗末なパブを出てすぐのことである。

「なんかちょーだい!ちょーだい!」

エスタミル名物の物乞いに行く手を阻まれ、過剰な正義感をもてあましているアルベルトは

「こんな小さな子がかわいそうに、人は皆平等であるべきです!」と二人が止めるのも聞かずに少しばかりのお金を上げた。

「有難う!お嫁さんにして〜!」

「え!」

その内容よりも何よりもその子が女である事に驚いて声のないアルベルトに対し、「地下に奴隷商人のアジトがあるよ!」

と言ってスキップしながら廃材で作られた家々の並ぶスラムの裏道へと消えていった。
一体なんだったんだろう?とアルベルトは訝った。

「ふーん奴隷商人ねぇ・・」

「奴隷商人か」

ホークとグレイが同時に何かに気づいたように呟く。
耳ざとく聞きつけたアルベルトは2人に訊ねる

「何か心当たりでもあるのですか?・・・まさか!」と、アルベルトも何かきづいたのか、はっと顔を変える。

「お前も気付いたのか?」

「お?坊や、見かけによらず感が良いじゃねえか」

突然アルベルトは二人に向って人差し指をつきつける。

「貴方方もそうであった事があるのですね!!?そうなんですね!それはいけません!人の道を外す行為です!」

見当違いの糾弾である。二人はがくッと体勢を崩した。

「おいおい、何でそうなるんでぇ?!」ホークは体勢を整えながら怒鳴る。

しかしアルベルトは聞いていなかったようで、

「それは間違った生き方です!」と自信たっぷりに断言しようとするが、

「間違っているのはお前だ」グレイの冷静な冷静な指摘によって遮られた。

とりあえず勘違いしているアルベルトの事は放っておいて、ホークとグレイは話を続けた。

「とりあえずその奴隷商人のアジトに行こう。売る奴がいるという事は買う奴がいるという事だ」

「それしかねえな。奴隷商人と言えばハーレムってえのは昔から切っても切れねえ関係だからな。ウハンジっていうスケベ親父もきっとお得意様なんだろうよ。」

話に取り残されたアルベルトはそれでも懲りずに熱弁を振るう
「人が人を売るのは許されません!大体人はすべて法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないと憲法で定められ(14条)・・・」予定だったが、

「ああ!?貴族様が何言ってやがる!貴族なんぞ不平等の塊みてえな物じゃねえか!」

「そもそもそんな法律はマルディアスの何処の国にもない・・・」

最早呆れるよりない他の二人に同時に突っ込まれた。

そして声をそろえて呟いた。

「それ以前にお前に言われても説得力ないから・・・」


と、言うわけで3人は奴隷商人のアジトを探しにこのエスタミルの地下道を訪れた。
手がかりは物乞いの少女の「地下」というだで、地下のどのあたりなのか特定する要素はまったく無かった。
しかも地下には日が差し込まず当然灯りなどあるわけもなくたりは闇に包まれている、探索は困難を極めた。

「何処に何があるのか・・・この灯りだけではよく分かりませんね。」

ホークから押し付けられたカンテラを掲げ、アルベルトはいつもより大きな声でかたわらにいる二人の仲間に話し掛ける。

「奴隷商人の方も何故こんなところにアジトを作ってしまったのでしょうね」

アルベルトは再度話し掛ける。
そうでもしないとと不安なのだろう。暗闇のなかでは生きている人間も亡霊も区別がつかない。答えがあればそれは生有るものだ。もしなければ・・・

「なんでえ?アルベルト。お前怖いのかあ?」

ホークはアルベルトをからかうように尋ねるがそういう自分だって大いに不安気だ。

「ええ・・・・怖いです。暗いところは好きではありません。」

アルベルトは答えが返ってきたので安堵し、通常なら食ってかかるだろうが珍しく素直に認めた。

「貴方は怖くはないのですか?ホークさん」

「まあな。俺は海のほうが怖いぜ。陸の見えないところで嵐に遭遇したときの恐怖といったらねえな。ついこの間もひでえ目にあったばかりだがな。」

ホークはアロン島付近で嵐に巻き込まれ、命の次に大切にしていた愛船レイディラックを破損したことを思い返した。そして嵐が来る事を予期していたにもかかわらず無謀な航海をせざるを得ない状況に追い込んだかつて友であった人物の事も。

「分かります!私もこのあいだイナーシーで嵐に巻き込まれ船が難破し、危うく命を落とすところでした!」

アルベルトもまたその嵐のお陰で大切な人々を救えなかった事を思い出した。たとえあの時船が無事ヨービルに辿りついたとしても間に合わなかったかもしれない。でも思わずにはいられない。

「もし、あの時あの嵐がなければ救えたかもしれない。父上、母上、姉さん・・・」

アルベルトは向けるところの無い怒りと悲しみで続ける事が出来なかった。何か言おうとするとバルハラントでバルハル族の女戦士シフに助けられてから今まで、堪えていた物が溢れ出しそうになった。
イスマスが滅んだと言う噂は騎士団領の魔術師から聞いた。だがそれでも希望を捨てたりはしなかった。イスマスが滅びてもまだ生きているかもしれないとそう信じていた。

だが、今ここにわだかまる闇が思考を悪い方向へと向かわせている。

「私が殿下に報告することが、一体何になると言うんだろう・・・・もう何もかも手遅れだ・・・ウコムは惨い神です」

呆然自失の体で呟くアルベルトにどういう反応をしたものかホークは戸惑った。
いつもなら、「大丈夫だ!気にするな!」と軽く笑い飛ばすところだが、そういう雰囲気でもないし、もとより慰めるのもガラではない。また「大切なものを失ったのは俺も同じだ」と傷をなめ合うのも違う気がする。
沈黙が訪れる。闇と沈黙の有りがたくない結合にホークは気まずさを覚え、逃げ出したくなった。嵐には立ち向かえても、実態の無いものは苦手だ。

「最悪の事態を考えているとそれが現実になってしまうぞ」

助け舟は闇の向こう側からあった。

アルベルトとホークはその内容よりも、それを言った人物が話を聞いていた事に驚いた。
グレイは二人がそれほど遠くない過去に思いを馳せている間、さっさと先に行き、気になる箇所を調べていた。カンテラの光の範囲からとっくに外れていた。
当然二人の会話など聞こえていない、というより聞いていない・・否、そもそも最初から気に留めてすらいないと思われた。普段の言動が言動故にそう思われても仕方がないと言わざるを得ない。

「ですが、今、私にはとても良い方向には考えられません・・」

アルベルトは闇に紛れて居場所の判別できない相手に向かって返す。

「なら、今は何も考えない事だ。酷い状況の時は全てがマイナス思考になる。」

「・・・そうですね。分かりました」

アルベルトはまだいろいろと心に引っかかるところがあるものの素直に従った。ホークにはいちいち反発するアルベルトは何故だか
今は奴隷商人を探し出すことに専念すべきだ。
二人のやり取りを見ていたホークはこの人物がどういう表情でこういう台詞を口にするのか見てやろうと思いアルベルトからカンテラを奪い取り照らし出そうとするが、それでもまだ見る事が出来ない。
どうやらかなり離れたところまで行ったようだ。

「勝手に先に行くんじゃねえよ。まったくよぉ。ここではぐれたらどうするんだ!」

これでは言う事を聞かない弟に手を焼くお節介な兄のような口調である。

「あんた達が勝手に立ち止まったんだ。それにここは突き当たりまで一本道だ。はぐれようがない。」

グレイはいつものように冷静に続ける。

「早く来い。いつまで待たせるつもりだ。」

これではどちらかと言うと生意気な弟の言動だ。

「だー!ああ言えばこう言う!最近の若い奴らはこれだからなぁ!」

さりげなく複数形にしたのはアルベルトの事も含まれているからに他ならない。アルベルトは何か言おうとしたがホークに引きずられるように手を引かれた為それは封じられた。二人はグレイがいると思われる場所に向かった。
しばらく歩いてようやくカンテラの灯りがグレイをとらえた。

「ここに扉がある」

アルベルトとホークが辿りついた途端、間髪をいれずにそう切り出した。
それはいつもの事だから二人は特には気にしなかったが、扉があることには驚いた。

「なら開ければいいじゃねえか」

ホークの突っ込みもごもっともである。

「カギがかかっているようだ。キャプテン、あんたなら開けられるだろう?」

「ちょっとまてい!開けられる訳ねえだろ!俺は盗賊じゃねえぜ」

決め付けられたホークはとっさに反論する。

「海賊も盗賊も同じような物だろう?」グレイは表情を変えずに海賊も盗賊も敵に回しかねない事を平然と言ってのける。

「違う違う!大違いだぜ!いいかあ?盗賊ってのはな相手に気づかれないように奪っていくが俺たちゃ海賊はな相手から清々堂々と奪い取るんだ!」

ホークは自慢気に言い切ったが、傍らで聞いていたアルベルトに

「ホークさん!それでは盗賊より質が悪いです!」と糾弾された。

「んだと!アルベルト!誇り高い海賊が盗賊に劣るってえのか!」

「どちらも誇れる生業ではありませんよ。ホークさん、貴方は奪い取られた方々にもそう言えますか!」

先ほどまで周囲の闇に脅かされていたのがウソのように何時ものようにアルベルトとホークは言い争いをはじめるが、今この時点で、グレイにとっては盗賊と海賊が同じ穴のムジナか否かよりも扉が開くか否かのほうが重大問題であった。

「そうか、無理か・・仕方ないほかを探そう。開かない扉に用は無い。」

自分の台詞が喧嘩の発端であるにもかかわらず、だんだんと言い争いが熱を帯び始めていく二人を放って勝手に結論を出す。

「おい、いつまでじゃれあっているつもりだ?行くぞ」

二人に冷然と言い放つ。

「ちょっと待てグレイ!そもそも原因はてめえだろーが!」

「知らん」

一刀両断である。こうなるとホークも二の句が告げられなかった。再び沈黙が降りる。

「あー!そうだ!」今度の沈黙を打ち破ったのはアルベルトであった。

「扉を壊しましょう!刀やなどの重い武器で殴れば壊れるんじゃないでしょうか?」

意外なアルベルトの意見にホークは1も2もなく賛同した。

「おぉ!お上品な貴族の坊やにしては野蛮な意見じゃねえか!いいねえそういうのは大歓迎だ!俺がやってやるぜ!壊す!破壊する!たたきこわす!は海賊の得意とするところだぜ!」

「・・・・その3つの行為に相違点はあるのか?」

「ものを意図的に壊すのは褒められたことではありません!!・・・それを創ってくださった方々の思いを踏みにじるつもりですか!」

今しがた自分が言ったことと矛盾していることにアルベルトは気づいていない。
二人の突っ込みを意に介さずホークは愛用の戦斧を振り下ろす。
斧の切っ先は見事に石の扉のつなぎ目を性格に打った。

ガギ――――ン!と物凄い轟音があたりに木霊した。

だが、依然として扉は閉じたままである。斧の刃のほうが欠けてしまった。

「ちぇ!焼きがまわったな。この斧は鍛冶屋に焼き入れ直してもらうしかなさそうだぜ。」

「仕方が無い。やはり他を探そう。」

ホークとグレイはもと来た道を帰ろうとする。だがアルベルトはまだあきらめていないらしく二人を呼び止めた。

「待ってください。グレイさんも試してみてください!可能性は全て試してみるべきです!」

「仕方がないな。」そう呟きつつもリガウ島で拾った古い刀を鞘から引き抜く。

そして先ほどのホークと同じように刀を振りかぶる

「?」

が、刀を振り下ろそうとした刹那、異変は起こった。

次へ

2006年9月 ありがとうございました!
なんかもういろいろすみません。
ウコムは本当にひどい神です・・・・・・
もう帰る


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