深紅の月、漆黒の夜 5
ミンサガ
もう帰る

ゴゴゴゴ。今まで露ほども動こうとしなかった石の扉がかすかな音を立てたかと思うと、ドゴーオオォォォォン!と凄まじい轟音を立て内側に開いた。
3人は突然事態が打開された事にあっけに取られしばしの間ただ立ち尽くしていた。

「さっきの衝撃で内側のカギが破壊されていたのか?とりあえず中に入ろう。」

グレイは打ち下ろすべき対象を失いこの場では不要となった刀を鞘に収めつつ他の二人に提案した。

「ワナかも知れませんよ?」

今までなんとしても入ろうとしていたのに、目の前に道が開けると急に怖気づくのは人の性らしい。アルベルトは不安そうに言う。

「けどよお、せっかく開いたんだ。行かない手はねえだろ。目的のものは無くても何かお宝にありつけるかもしれねえぜ?」

さすがは海賊、人助けの報酬だけでは物足りないらしくちゃっかり遺跡に眠るお宝まで頂戴する予定のようだ。
そして3人はその部屋の奥へと消えた。



それにしても広い空間だ。
ホークは手にしたカンテラを四方八方にかざすが、何処の壁も照らし出さない。

「どう考えてもここにはアジトはねえだろ?」

「なんだか、もと来た入り口まで分からなくなりそうです」

アルベルトもホークに呼応し落ち着かなさそうにあたりを見渡す。かろうじて入り口のある壁がぼんやりとした明かりに捉えられているが、これより先に進んだらその壁すら分からなくなるであろう。

「そうだな、お宝も大事だが命のほうが大事だしな。帰ったほうがいいぜ」

珍しくホークとアルベルトの意見が一致した。

「天井が高いな。巨大な柱と祭壇。ここは何かの神殿なのか?」

二人の会話など聞いていないかのようにグレイはまたしても一人で奥の方に向かう。
「待てい!」ホークは慌てて追いかける。当然ながら灯りもそちらに移動する。
灯りに照らされたグレイの行動には不安気なところは1つもなかった。

この濃い闇を透かして物が見えているかのようだ。

そういえば、とアルベルトは気がついたことがある。先ほど「突き当りまでまっすぐ」だと言っていたことを。
あの時、灯りは1つだけしかなく、それはアルベルトが所有していたのだ。
そのアルベルトには突き当たりになっていることすら確認できなかった。
だがグレイは断定して言った。そしてそれは事実であった。

「グレイさん、さっきから気になっていたのですが、見えているのですか?」

アルベルトはそんなはずはないと思いながら前方の灯りのある空間に訪ねる。

「?」

グレイは怪訝な顔をアルベルトに向ける。あちら側からだとアルベルトのいる所は黒い空間にしか見えないだろうが、その眼線はしっかりとアルベルトに向けられていた。

「・・何故見えないんだ?」

逆にそう切り出されるが、見えないものは見えない。だが見えるのが当たり前であるかのように言うので、アルベルトは逆に自分達のほうがおかしいのではないかという気に陥った。

「んなこたあどうでもいい!ここには目的のものもお宝もねえぜ!帰るぞ!」

ホークがアルベルトの疑問は宙に浮いた。
ホークは灯りをもったまま部屋の外に出る。アルベルトも慌てて後を追う。灯りを見失っては大変だ。街の中で遭難し餓死するなど願い下げだった。おそらく死体すら発見されないだろうからそれで笑いを取る事もできない。
グレイも確かにここには何も無いと踏んだので二人の後に続こうとした、が

「?」

何かの気配を感じ振り返るが、そこにはただ漆黒の空間が広がるばかりだ。
二人の恐怖が自分にも伝播したのだろうと結論付け部屋を後にする。



再び無人となったこの部屋は、元の闇に戻り静寂が反響する。
その中で一つだけ動いたものがある。
祭壇のような物のあたりの闇が何かの姿を形成する。

不明瞭ながらもそれは確かに人間の女の形をしていた。

がその雰囲気は人間とはほど遠く、どちらかというとこの世の闇を全て凝縮したかのような気配だった。
善良なものではないが、かといって邪悪なものでもない、ただ純粋な濃密な闇の気配だった。
それは意思のあるもののように動き祭壇から扉の方向に移動する。

「我が永き眠りを乱すもの、我が封印を解く者は誰ぞ・・・・」

それは空気を震わせずに語り、そして霧散した。





「ジャミル〜!!」

ダウドは無謀に凶悪なモンスターに突進していく相棒をとめようと声を張り上げたが、腰が抜けているため、声も空気が抜けたようだ。
ジャミルはダウドの横を疾風のように通り抜け、とにかくガーゴイルに懐に飛び込むように突進する。
下手に回り込み背後から切りつけようとするよりも、相手の心臓にレイピアの刀身を突き刺すほうが効果的だと思った。
相手がよりも素早く動けば勝算はある。そしてジャミルは自分のすばしっこさには自信があった。
だが、相手はジャミルが懐に潜り込む前に手を出した。
ジャミルは相手がその間に攻撃して来てもただひたすら心臓を狙うつもりだった。
自分はそれなりに傷を負うかも知れないが、命はあるだろう。

だが、相手が攻撃してきたのはジャミルの方ではなくダウドのほうだった。

ダウドはまだ立ち上がる事も出来ていない。
ジャミルは突進していた方向を変える。
自分ならば少しぐらい傷ついても構わないが相棒はちょっと手を切っただけでもこの世の終わりのように大げさに騒ぐのだ。

「お前が怪我したらこっちが大変なんだよ!」

ちょっと酷い言い草だが、ダウドは目前の敵に意識が集中しているのと恐怖のために周りの状況が何も分からなかった。
ただ、分かっていたのは

「オイラはここで死ぬのかな?もっとマジメに生きればよかったな」

ということである。
ダウドは眼を閉じて死の瞬間が訪れるのを待っていた。

「ダウド!!」

呼ばれてダウドは目を開ける。
どうやら冥府への道はまだ程遠いいようであると悟った。
ガーゴイルの爪がダウドの心臓を抉り出そうとする刹那、ジャミルのレイピアが跳ね返した。

「へへん、俺様を出し抜こうったってそうはいかないぜ!」

強気にモンスターに言い切るが、余裕はなさそうだ。見ると左の肩に怪我を負っていた。

「あんまり分はよくねえか・・今度はこっちからいかせてもらうぜ!」

そして今度もまた性懲りも無く懐に飛び込もうとするが、今度はガーゴイルが先ほどの失敗で体勢を整えるのに苦労していた為うまくいった。
間違いなく心臓に突き立てた。

「よおっし!これで完璧ってな」

そう得意げに言いながら剣を抜く。敵はどうと倒れた。
ジャミルはそれを見届ける間のなく、ダウドを振り返り

「な!だから心配すんなって言っただろ!」

と元気付けさらに、

「ダウド〜いつまで腰抜かしてんだよ!ほら!さっさと行くぜ!ファラを助けるんだ!」

ダウドは安堵したのか

「ちょっとまってよ〜。疲れたよ〜!少し休んでいかない?」

余計に腰が抜けたようだ。

「しょ〜がねえな!5分だけだぜ!」

呆れたようにいうがそう言いながらも相手の意見を聞き入れ、瓦礫の山の上に腰を下ろした。

「え〜少ないよ」

「ホントはすぐにでも行きたいんだ。早く行かねえとファラが売られちまうかもしれねえ」

そう言いつつジャミルもダウドの横に腰を下ろす。

「ジャミルは本当にファラの事になると矢も盾もなくなるんだから」

ダウドはからかうように言った。

「しかたねえだろ?あいつは妹みたいなもんだからなぁ・・・」

ジャミルは天を・・といっても空は見えないが・・仰ぐ。

「ふう〜ん。妹ねえ。ホントに?」

からかうようにダウドはジャミルの顔を覗き込む。

「なんだよ?お前の事も弟のようにおもっているぜ?安心しろよダウド。」

「なんだよ〜同い年じゃないか!」

「あれ?そうだっけ?」

ダウドはなんだか質問の真意にあるところをはぐらかされたような気がしたが、これには反論せずにはいられない。
だが、明確な答えが返ってこなかったことに少し安堵したのも確かである。
ジャミルはおそらくダウドの気持ちを知っていてわざと話題の方向を変えたのだろう。今までずっと3人で一つだった。
絶妙な均衡の上に成り立っているその関係をまだ崩したくはなかった。

「なんだよ!!」

ジャミルの緊張した声でダウドは思考を中断した。
ジャミルを見ると、すでにレイピアを構え臨戦態勢である。
何が起きているのかわからず恐れをなしたダウドは、ジャミルの視線の先をたどる。

「なんだあ。びっくりさせないでよ」

ダウドは安堵した声でジャミルにぼやいた。
そこにいたのはモンスターではなく複数の人間だった。薄明かり一つしかないこの中では顔までは判別がつかないが、人間である事だけはたしかだった。黒っぽい服を纏っているのだけは確認できた。

「ねえ、君達はだれだい?」警戒を解いたダウドはかれらに近寄ろうとする。

が、臨戦態勢を解いていないジャミルに阻まれた。

「なんだよ〜」不満気に反論するダウド。

「馬鹿!人間のほうがモンスターよりよほど質わるいぜ!」

「考えても見ろ!こんなだれも近づかない廃墟にいる奴はまともな奴な筈がねえ!」

ジャミルが小声でダウドに答える。そして謎の一団に対し剣を突きつける。

「おい!てめえらは何者だ!こんなところで何してやがる!さては泥棒だな?!」

「おいら達だって、泥棒じゃないか・・・」

泥棒のダウドは同じく泥棒のジャミルに対し、聞こえるか否かの小声で呟き天をあおぐ。
謎の一団は声は不気味に立ち尽くす。構える様子は無い。
その様子にハラを立てたジャミルは声を荒げる。

「おい!何か答えろよ!」

謎の一団の一人が進み出る。どうやらこの一団のリーダーらしい

「われらが主の神殿に忍び込みし者達は主らか?」

声から判別するに女性らしいが、それ以上の情報はつかめなかった。

「ああ?何処の神殿だあ?ウコムか?アムトか?おれは神って奴は信じちゃいねえからな!神殿なんて生まれてこのかた行った事はねえよ!」

すべての神を信仰するも者に対する暴言である。

「ここは我等が聖域、みだりに立ち入ってはならぬ。闇に還らざりしも者、そうそうに立ち去るがよい。」

謎の団体のリーダーは静かに言葉を繰り出す。

「ざけんな!俺は行かなきゃなんねえんだよ!アイツがまっているんだ!そこを退けよ!」

ジャミルは最後まで言うか言わないかのうちにリーダーに突進して行く。

「ジャミル〜人の話は聞こうよ・・・」

弱気に止めようとするダウド。

「やむを得ぬ。降りかかる火の粉は払わねば成らぬ」

謎の一団のリーダーはそう言うと同時に術を放つ。
濃い闇の固まりが矢を形成しジャミルを襲う。それは実体のないものであったが痛みは確かにあった。

「うわああああ!」

「ジャミル!大丈夫!生きている!?」

「ンなわきゃねえだろ・・・」一応生きているようだ。

「術使いかよ・・・やっかいだな・・こんなところで油売っている暇はねえってのにな・・・」

ジャミルはレイピアを構えなおす。ダウドも今度は足手まといになりたくないと思い、弓に矢を番えいつでも放てるように体制を整えた。
まだまだ、ファラのところには行けそうも無かった。

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2006年9月 ありがとうございました!
もう帰る


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