深紅の月、漆黒の夜 7
ミンサガ
もう帰る

暫くして、といっても1分も経ってはいないであろうが、アルベルトは未だへたり込んでいるダウドと、気絶してるジャミルに近づいた。

「大丈夫ですか?」

「ああ〜、もうダメかと思った〜!!」ダウドは大仰に安堵し、そして
「有難う!助かったよ〜。君達は命の恩人だよ!」と感謝の意を現して、アルベルトにだきついた。
抱きつかれたアルベルトはどうしてよいか分からず、グレイとホークに助けを求め、声には出さずに顔でうったえた。

(どうにかしてください。!)

「ああ〜、まあ、とりあえず、悪い奴らじゃあねえみたいだな」

「そうだな」

ホークとグレイは呆れたように、肩の力を抜いた。先ほどの緊迫した空気が嘘のようだ。
ホークはアルベルトに抱きついたまま、離れないダウドにむかって尋ねた。

「ところで〜、そこに倒れているのは、お前さんのダチか?大丈夫か?」

その一言でやっとジャミルのことを思い出したダウドははっとしてアルベルトから離れる。
そしてジャミルの元に駆け寄る。

「ジャミル〜!大丈夫かい!ごめんよ、オイラが弱いばかりに・・」

ジャミルはまだ、気を失ったままである。ピクリとも動かない。

「ジャミル〜起きてくれよぉ!」

ダウドは目に涙をためてジャミルを起こそうと体を揺すぶろうとした。ちなみにここは瓦礫の上である、さらに全て石の塊である、ここで揺すぶったら体のあちこちに突起物に当たって相当痛いと思われる。

「おい、まて!」

止めたのはグレイである。アルベルトとホークはグレイがダウドを止めたことよりも、この人物がわずかばかりでも動揺しているという事に対しておどろいた。

「殺す気か・・・」

「だって、ジャミルが目を覚ましてくれないんだ。このままじゃ死んじゃううよ〜」

ダウドは泣きながら、言い募る。

「もし、ジャミルが死んだら、おいらどうしたらいいんだよ〜!ファラになんて言ったらいいんだよ〜!おいらが悪いんだ。おいらがもっと強ければこんな事には・・・」

「落ち着け。術で回復できない程の怪我ではない。」

「でも、おいら術覚えてないよ〜。」

少しは安心したものの、自分はジャミルと違って術を覚えていない。それならば治すことはできない。
勉強しておけばよかったなとダウドは後悔した。

「そうか。」

そう、一言だけいうと、グレイはジャミルに手を翳す。
それを見ていたホークは海賊仲間が、回復の見込みの無い負傷者によくやるように、とどめを刺すつもりだろうかと思った。
がジャミルの傷跡が見る間に癒えていく様を見て、自分の考えが杞憂だったと悟り安心した。
ジャミルは暫く、なんの動きもみせなかったが、突如としてガバと跳ね起きた。

「この野郎!!!ふざけたマネしやがっって!!!許さねえ!」

さっきまで意識を失っていたけが人とは思えないほどの俊敏さをもって武器を構えてた。が、周りを見回しても敵はいない。

「あれ?あいつらはどうした?あんたらは誰だい?」

意識が飛んでいた間の状況が分からないジャミルはほうけたように相棒のダウドに問う。
ダウドは質問は聞こえていなかった。
ジャミルが生きているのを確認した途端に嬉しさがこみ上げてきた。そして感極まってジャミルに抱きつく

「ジャミル〜!!良かった!もうダメかと思ったよ〜〜!!」

ジャミルは面食らう。

「お、おいおい、ダウド。何があったんだよ?さっぱり分からねえよ。なあ、状況を説明してくれよ〜」

よく分からないが、とりあえず事態は悪い方向には進んでは居ないようだ。
ジャミルはまだ抱きついているダウドに少々辟易しながらもそう思った。
そして、ダウドはそのままにして、見知らない顔の3人に向って言う。

「なにがどうなってるんだかさっぱりだけど、アンタ達のお陰で助かったみたいだなあ。有難うな。俺はジャミルってんだ。で、こいつは相棒のダウド。宜しくな。」

ジャミルに続いて、他3人も名乗る。

「俺の名はグレイ」

「俺はキャプテンホーク!と言っても船のねえ今の状況じゃ陸にあがったカッパみてえなもんだ」

「私はアルベルト。イスマス公爵ルドルフの息子です。貴方がたはなせ、こんな所に居たんですか?」

アルベルトの質問をうけて、ジャミルはがっくりと肩を落とした。

「仲間が奴隷商人に連れて行かれちまったんだ。

アジトに乗り込む予定だったんだけどな、変な奴らにいちゃもんつけられて、このザマさ。ったく情けねえよな〜。助けるつもりが、逆に赤の他人に助けられちまうなんてな。ファラが聞いたら大笑いするだろうなあ。」

それを聞いた3人は、友人が危うく死ぬ所だったのを大笑いするとは一体どういう女なんだろう?とは思ったが、ミリアムもそう言う性格である事を思い出し、それにはあえて触れなかった。
代わりに、

「では、私達と目的は同じですね。一緒に行きましょう!いいですよね。グレイさん」

アルベルトは何時もの様に暑苦しいほどの前向きさと親切心をもって、そう提案した。

「別にそれを否定する理由はないな」

「へ〜あんた等もアジトを探してたのかい?ま、此処で会ったのも何かの縁だ。仲間は多いに越した事はねえし。よ〜し行くか!!なダウド。」

「そ、そうだね。この人達がいるなら安心だよね。」

「では行きましょう!!」

意見はまとまったので一行は、先ほど黒い神官に教えてもらった道をすすんだ。
今度は何事もなく、アジトに辿り付いた。
さっきまでの大騒ぎは一体なんだったんだろうと言うぐらいにあっさりと。





「畜生!遅かったか!」

地下道でおきた様々な事件で足止めをくった為かは定かではないが、一足遅かったようだ。
艱難辛苦を乗り越えやっと辿り付いたアジトにはすでに奴隷商人の姿もなく、女たちの姿もなかった。牢の中には男達がとらわれているだけであった。
焦燥にかられたジャミルは鉄格子越しに男の胸倉をつかみ

「ファラは!女達はどこへ連れて行かれたんだ!応えやがれ!」と恐喝まがいの質問をした。どちらが悪役か分からない。

「ジャミル!其の人達には罪はないだろう!彼らも被害者だよ!」アルベルトは慌ててジャミルと男の間に入り止めた。

確かに其の通りなので、ジャミルは跋が悪そうに手を離した。

「すまねえ。女たちが何所に行ったか、知りたかっただけなんだ」

「詳しい事は分かりませんが、ハーレムに連れて行かれた事は確かです。」

牢の中にいた男は知っている限りの事を話した。

「其のハーレムは何所にあるんだよ?」

「分かりません・・・・」

「なんだよ、手がかりなしかよ。使えねえ・・・」

「ジャミル〜!それは暴言だってば。」

ダウドがやや弱気に言う。牢の中の男は特に気を悪くしたわけでもなく、というよりは無気力に

「例えハーレムが見つかったとしても、どうやって入り込むつもりですか?女性でなければ入れませんよ・・・」と呟いた。

ジャミルはこれ以上詰問しても何も得る物はないと判断したのでその場を去ることにした。

「とりあえず外にでて、作戦会議だ」傍らにいるダウドとアルベルトを促した。

「待ってください!」

その時牢の中の男が呼び止めた。

「ああ?まだ何かあるのか?」ジャミルはやや期待してそう聞く。

「助けてはくれないのですか?其の為に来たのではないのですか?見た所、貴方は盗賊ですよね。ならばカギを開けられるはずです!」

「・・・・俺が盗賊だってなんで分かったんだよ?」

新しい情報を期待していたジャミルは宛てがはずれて機嫌が悪そうに尋ねた。男の言い方も癪に障った。

「身のこなしでわかりますよ。エスタミルに住むものならだれでもね。」

「へ!そんなもんかい。なら気をつけねえといけねえな」

ジャミルは本当にそうせねばと思った。まさか見ず知らずの一般人に盗賊だと見破られるとは思わなかった。と、言う事は他の人間にも見破られると言う事だ。それではこの稼業を続けて行くのに支障をきたす。

「ジャミル!助けられる力があるのなら助けるべきだよ!」

アルベルトは、考え込んでいて行動に移さないジャミルに怒ったように言う。

「・・・はあ、しかたねえな。面倒だがアルがそう言うんじゃしかたがねえな。」

アルベルトの剣幕におされて仕方なく、本当にどうでもいいと言う風におもむろに牢のカギを開け始める。
ジャミルからすれば、自分よりも年上に見える男に対し、あまったれるなと言いたい所なのである。自分では何もしようとせずにただ、助けを求めるという姿勢が気に食わない。それが男であればなおさらだ。
早くファラを助けに行きたいのに、無駄な足止めを食っているという点も気にくわない。
いらいらとしながらもほんのわずかの時間でカギを開けるることに成功したのは盗賊としての面目躍如たるものがあった。

「助かりました。皆さん、逃げましょう」

牢の中の男達はそう言って一目散に逃げていった。

「へん!あいつら礼も言わねえ。」

ジャミルの不機嫌は最高潮にまで達した。

此処からにげたとして、地下道には危険な魔物もたくさんいるし、何より灯りもなしにあの狭く入り組んだ道を行くのは容易ではなく生きて帰れるかどうかは定かではない。がそれはジャミルの知った事ではない。
アルベルトはジャミルが何にそんなに不機嫌なのかは計りかねたが、おそらくファラを助けられなかった事だろうと予測をつけて、ジャミルを促した。

「ジャミル、アムトの神殿に行こうよ。」

「そうだよ、アルの言うとおりだよ。きっと何かの手がかりがあるはずだよ」

ダウドもアルベルトに呼応するようにジャミルを促した。
ジャミルは今感じた不快感は完全には払拭できないものの、確かに此処にいても仕方がないし、いいかげん地上の光を浴びたくなったので、その場にいた皆を促して外に出た。
さて、ジャミルとアルベルトとダウドがそう言うやり取りをしている間、ホークとグレイはというと入口近くにあった、牢にを覘いていた。
男達がいた牢よりも小さい牢でぽつねんと女性とおぼしき人影がみえた。

「おい、アレは人間じゃねえのか?」

「ああ、そう見えるな。だが、まったく微動だにしないから死んでいるのかもしれないな」立ってポーズをとったままの死体なんてある訳がないと思いながらもその人物が動かないのでそう答える

どうせ開かないだろうと思いつつ牢の扉に手をかけたが、難なく開いた。拍子抜けしながらも中に入っていく。何かのワナだろうかとも思ったが、もし生きている人間だったら此処に一人残す訳にはいかない。

「おい、生きてるか〜!?」ホークは尋ねながら、恐る恐る顔を見る。

やや中年の女性のようで、かすかに笑った表情をしている。が、其の表情は凍りついたまま動かない。ホークが不躾に覗き込んでもそれに反応する気配もない。
思い切って触れてみる事にした。

「・・・・なんでえ、ただの人形か」

それでは反応が無いのも当たり前である。なんだかむやみに気を使ったりした自分が馬鹿のように思え憮然として呟いた。

「蝋細工か・・・それにしても随分と精巧に作られているな。」

生きた人間を型取りしたのだろうか?手足の筋肉のつき方から、顔の表情、皺の寄り方まで細部に至るとこまで人間の体として不自然な所はまったく無い。が其の事が最も不自然でもあった。

「遠目には人間にしか見えねえな。いや、近づいて見ても分からねえか。実際俺らもそう思ってたしな。」

「何に使用するつもりなんだろうな?」

「そういやあ、海賊うちでは綺麗な顔した奴を女装させることがあるぜ、囮にして敵を呼び寄せたり、女がいることで油断させたり、使い方はいろいろあらあな。」

「・・・なるほど」

そう言うか否か、グレイは突然刀を抜いて其の人形を切りつけた。ホークはなんだか訳がわからずただ人形が銅から真っ二つにわれ、頭部は粉々に砕け散っていく様を見ていた。

「うん、これでいい」

あっけにとられて声のないホークを他所に、刀を鞘におさめつつ、一人勝手に納得してそう呟いた。我に返ったホークは

「良くねえ良くねえ。なんで前触れも無くいきなりそう言う事をするかね。」

「生きた人間そっくりの表情の変化しない人形など、死体よりも気持ちが悪い」

何時もの様に表情を変えずに事も無げに言い放った。

「へえ〜!!気持悪い、ね〜。お前にもそういう人間らしい感覚があるのか?
だからって壊すか?普通。
それにしても、生きている人間のくせに滅多に表情を変えねえ奴がなにを言っているんだか・・・・
いや、きっとお前は人間じゃねえんだ、そうにちげえねえ。じゃなきゃ、説明がつかねえ。」

だが、グレイはすでに牢から出て行ってしまったので、そんな皮肉も聞こえていなかったようだ。聞こえた所で別に態度を改めるとは思えないが。
ホークはやれやれと思って破壊された人形に目をやった。人形とはいえ人間にそっくりであると、なんだか罪悪感を感じる。それが普通のような気もするが、グレイにそう言うものを期待するのは、アルベルトに必要悪を理解しろというぐらい無理な事であるなとも思った。

「お?あれはなんだぁ?」

ふと、ホークは蝋人形の着用したエプロンのポケットから何かが記された紙片を発見した。
お宝の地図か何かだろうか?とにかく、何かの役に立つならもらっておくに越した事は無い。ホークはその紙片を懐にしまい、他の仲間達の後を追った。

次へ

ありがとうございました!
奴隷商人のアジトにいる助けられないおばちゃんについて考察してみた結果このような結論に至りました。
・・・何故グレイにそんな行動をさせたのか、書いた私自身が疑問でなりません。
もう帰る


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