深紅の月、漆黒の夜 8
ミンサガ
もう帰る

注意:女装ネタの嫌いな方は此処から先見ない事をお勧めします。
    ここを読まなくても多分話は通じます。


「何だよ、お前らまだ着替えていなかったのかよ」

その人物は部屋に入るなりアルベルトとダウドに怒った。そしてつかつかと二人に歩み寄って傍らにあった衣裳を引っつかみ二人に手渡そうと、ぐいと押し付けた
それは、目もさめるような美女である。

「ほら!何ぐずぐずしているんだ。早く着替えろよ!」

顔の割りに言動は粗野である。が、其のミスマッチさ加減も又良い。かどうかは解かりかねる。

「でも、恥ずかしいよジャミル〜!」

「そうだよ、ジャミル!ダウドさんの言うとおりだよ。その、えーと女装なんて、男として恥ずかしくないのか!堂々と戦って入ったらいいじゃないか!」

二人は美女に対してそういった。
どうやら美女はジャミルであったようだ。確かにもともと、顔立ちは綺麗だから、女装してもそれなりにいけるのではないかと思ったが、此処まで化けるとは思わなかった。
しかも、化粧までし、ご丁寧に着け睫毛までしている始末である。
最早趣味としか思えないほどの念の入れようである。
それにしてもなぜそのようなけったいな格好をしているのだろう?

「そうだよそうだよ!アルの言うとおりだよ!男だったら戦う時には戦わないと!」

ダウドがジャミルを説得しようとつかみかかると、アルベルトは拳を握り締めてわななくように訴える。

「いくらハーレムに潜入する為とはいえ、そのような生き恥をさらすなんて・・・・」

「姉さんに怒られます!!!!!!」

・・・・・どうやらただの姉恐怖症だったようだ。
それを聞いた周りの人々の間に微妙な空気が流れた。が、アルベルト本人は本気でそれを恐れていたのか、とにかく必死だったので周囲の況に気づくわけも無かった。

とにもかくにも、彼らがこのように必死の抵抗を試みている原因ははおよそ1時間前にホークから差し出された紙片にあった。
それは先ほど、奴隷商人アジトで無残に破壊された蝋人形から発見された紙片である。

それには、ハーレムの所在地が記されていた。

そんな所に大事な秘密を隠すものかどうかは甚だ疑問ではあるが、まあ、知らぬ者が遠目からみたら生きているようにしか見えなかったのだ。まさか生きている人間のポケットをまさぐったり、あまつさえ、いきなり切りつける人間がいるとは普通は思わないだろう。隠し場所として容易に見当がつく箪笥にしまうよりは人形の服の中のほうが安全なのかもしれない。
場所がわかったので、一行は一旦ファラの家に戻り潜入する準備をする事にした。
ファラのおばさんに事情を説明したら快く家の中の衣裳を全て自由に使ってよいともし出てくれ、さらに泣きながら
「あんた等はともかく見ず知らずの人にまでこんな事までさせて悪いねえ。有難うよ」と謝罪していた。

「それにしても本当なのかな?だって、アムト神殿の中にあるなんて普通は考えられないよ」ダウドはジャミルが差し出す女物の服を思わす受け取りながら疑問を口にした。

紙片に印されていた地図は簡略化されていたが、確かにアムト神殿の場所を示していた。
だが、ダウドには信じられなかった。アムトといえばエスタミルの守り神ではないか。

「へっ!神様なんてもんは信用ならねえな!それに神殿を建てるのも、教えを説くのも、信仰するのも人間だしな!余計に信用できるかってんだ!」

ジャミルは掃き捨てるように言う。本当に神と言う存在を信用していないようである。

「ジャミル〜!だからそれは暴言だってば。アムト信者がここにいたらどうするのさ」

ダウドがやや弱気に言う。そもそも地下道であの神官たちと戦闘になったのはジャミルの神を冒涜した言葉に端を発した気がする。その真偽がどうであれ、人の信じているものは軽はずみに否定しない方が賢明だ。

「とにかく、手がかりはそれしかねえんだ。アムト神殿にのりこむぜ!分かったらこれを着ろよ!」

ダウドに強引衣裳を手渡し、次いでアルベルトにも手渡す。

「なあ、アル。お前は捕まった女達を助けたくねえのか?」

「それは、もちろん助けたいさ。・・・でも、何故女装する必要があるんだ」

アルベルトはジャミルの言い分にうなづきそうになりながらも、慌てて疑問を口にする。
避けられるのであれば何としても避けたかった。

「それでは無駄に死者が出る。」

「そうそう、犠牲は少ないほうがいいって!・・・ってアンタ、グレイか?」

ジャミルは自分の意見に加勢してくれた味方の正体に気付いて驚愕した
ジャミルと異なり、あまりのことに声が出ないだけで他2人も同様であった。

「でなければ、誰だというんだ」

淡々と返す声は確かにグレイだ。

「・・・・・確かに他にそんなに無表情なやつはいねえよな。」

ジャミルはすぐさま納得した。

「いや、ジャミル、そうじゃなくて、もっと他に言う事あるだろ〜?」

そんな様子の相棒に対し指摘するダウド。

「そ、そんな事より、グレイさん一体どうしちゃったんですか!?気は確かですか!!!早まってはダメです落ち着いてください!」

言っている本人にも良く分からない言葉を並べ立ててあたふたとグレイに取りすがるアルベルト。

「お前こそ落ち着け。アルベルト。一体どうしたんだ?」

「いや、間違いなく原因はアンタだろうよ。」

ジャミルはアルベルトとグレイの対照的な様子を興味深げに見やりながら言い、更に続ける。

「いや〜。まさかアンタがそんな格好をするとは思わなかったぜ。」

「お前こそ、そんな格好をしているじゃないか。」

「あ?まあな、俺の場合半分楽しんでやっているからな〜。」

「・・・・・やっぱり趣味だったのか・・・」とはたで聞いていたアルベルトとダウドは口には出さずにつぶやいた。

二人の心の中で最大音量の突っ込みをいれた。それに気付いたか、気付かないか、ジャミルはさらに続ける。

「でもよ。それは確か神職に携わる奴が着る衣裳じゃなかったけ?」

そう指摘されたグレイの着ている服はリガウ島に古くから伝わる巫女の衣裳である。
ついでに髪を赤いリボンでまとめていた。
そう、先ほどから皆が騒いでいたのはその点なのであった。
ジャミル同様に女装していた。

「そんな事はリガウ島民でもなければ分からないだろう。それにサイズが合うのがこれしかなかった」

尤もな意見であるように聞こえるが、指摘したジャミルはリガウ島民ではない。という事実は頭から抜け落ちているようだ。

「何でジャミルはそんな事を知っているんだよ?っていうより、何でファラはそんな服をもっているんだろう?」

ダウドの指摘する疑問ももっともである。
日常生活で巫女の服は必要ない。

「あ?人の懐から財布を盗むためにはいろいろな服の構造を知らねえといけないだろ?だからファラにいろいろと教えてもらったんだよ!
それから、ファラは服屋で働いているだろう?だから残り物でももらったんじゃねえか?」

尤もな意見でもあるが、そうでもないような意見でもある。おそらく本人にも特に深い意味もなく口にしているのだろう。

「それにしても化粧までするなんてあんたも趣味か?」

「も、ってことはジャミルは趣味なんだね?」

アルベルトはすかさず指摘するが、黙殺された。

「中途半端にやったら見破られるだろう。」

応えるグレイは別段嫌な顔をするでもなく、照れるでもなく、何時もと変わらない調子だった。

「いや〜でも助かったぜ。ダウドやアルなら無理やりにでも女装させるつもりだったんだが、どうやってアンタを説得しようか悩んでいたんだ。」

心底安堵したようにグレイに言ってからダウドとアルベルトに向き直る。

「ほら!分かったか!お前らも着替えろ!」

「ま、まってジャミル。

 グレイさん、貴方はなんとも思わないのですか!?」

アルベルトは最後の抵抗を試みた。
実は当初は、グレイかホークに加勢をたのんで、ジャミルの計画をつぶそうともくろんでいたのだ。

「ああ、確かに動きにくいな。良くこんな物を身に付けていられるものだ。」

たしかに、リガウ島の服は袖と裾が長い上、2、3枚重ねて着るので重い。
が、アルベルトが言っているのは

「いや、そういうことではなく・・・!」である。

「だあ〜!もうお前らいいかげんに着替えろ!お前らがぐずぐずしている間に取り返しのつかない事になったらどうすんだよ!」

まだ、抵抗をる付ける他二人に業をにやしたジャミルは問答無用に二人に自分が見立てた女物の衣服を押し付けた。

「・・・・うん、そうだね。仕方ないね。ジャミルはともかくグレイまでそんな格好してるだ。腹をくくるしかないよね。アル、もうあきらめようよ。」

ダウドは観念したように二人分の衣装を受け取る。

「ともかくって何だよダウド」

ジャミルの言葉は無視し、ダウドはアルベルトにもう一方の服を手渡した。
ダウドに促されて、アルベルトもしぶしぶ納得する。

「うん、そうですね、ジャミルはもかく、グレイさんまでそう言うのなら・・・」

「だから、ともかくって何だよ?」

ジャミルはふてくされたようにもう一度同じ質問をしたが、やはり無視された。

イスマス城主ルドルフの息子アルベルト。決心しました!着ます!着て見せます!」

アルベルトは自分を鼓舞するように決意表明をした。がそのわずか後に一言。

「・・・・たとえ後で姉上にシメられようとも・・・・・」

他の3人は聞かなかったことにした。



30分後。

「これで、よし!と」

ジャミルは得意げにダウドとアルベルトを交互に見やった。
居心地の悪そうにするダウドとアルベルトは無言だった。

それもそのはず、ダウドはフリル満載の薄い桜色の服を着せられ、緩やかな巻き毛の鬘をつけさせられていた。
又、アルベルトはローザリア風の仕立ての良い白い服をきせられ、着け毛で髪長さを足し、それを三つ網のお下げにしていた。そして、何故か妖精のような羽を背につけさせられていた。

「ねえ、ジャミル、この羽は一体なんだい?」

アルベルトは背中にくくりつけた羽をつまみながらジャミルに問いただした。

「お前、いつもつけているじゃねえか?」ジャミルはきょとんとして応える。

「ファラはよくそんな物持っていたね。」ダウドは感心したように呟く。と、同時にファラなら羽をつけても可愛いかもと思ったりもした。

「んなわけねえだろ・・・・仕方ねえから俺が作ってやったんだよ!感謝しろよ!アル」

俺、すげえだろ!と言わんばかりに得意げにふんぞり返るジャミルに対する反応は三者三様であった。

「さっき、鬼気迫る形相で猛然と作っていたのはそれだったのか」

と、腰にてをあてて、あきれたように事実を確認したのはグレイ。

「・・・・すごい技だねジャミル。私にはとても出来ないよ。今度教えてくれないか。」

心底感心したように嘆息するのはアルベルト。

「いや、出来ないかのが普通だよ。っていうか力の入れ所が違うだろジャミル」

相棒に何時ものようにすかさず突っ込みを入れたのは言うまでもなくダウドである。

「まあ、いいじゃねえか細かい事は。」

「たしかに細かい作業だね」

ダウドの厭味は聞かなかった事にしてジャミルは誰に向けるでもなくこぶしを振り上げて勢いよく渇を入れた。

「さーあ、準備も出来たし、気合入れてアムト神殿に乗り込むぜ!」

確かにこれ以上漫才を続けていても仕方ないし、救出活動は早ければ早いほど良い。
4人は粗末なつくりのファラの家から出て行こうとした。

「待てい!てめえら!」

が、ドシドシと粗末なつくりの床を踏み抜かんばかりに別の部屋から駆け寄ってきたホークに行動は妨げられた。

「何だよおっさん。早くファラを助けてえんだ!邪魔するなよ!」

ジャミルは煩そうにホークに返し、そのまま無視して出て行こうとした。そんなジャミルの背中に向ってホークはとんでもない言葉を口にした。

「俺を仲間はずれにするつもりかあ!」

その刹那、ホーク以外の4人の時間が停止した。

「おいおい、おっさん、アンタまさか・・」

凍結状態から最初に抜け出したジャミルは、聞き間違いである事を祈るようにホークに尋ね返した。

「おうよ!おれも混ぜてもらうぜ!」

再び時が止まったように静まり返った、がその次の瞬間爆音のような叫びがあるベルトの口から発せられた。

「えええええ!!ホークさん!早まってはいけません!落ち着いてください!」

そう言うアルベルトが一番落ち着きがない。

「落ち着くのはてめえだ!アルベルト!楽しそうな事を見逃すてはねえ!」

「楽しむ為にやってんじゃないよ!大体、オイラは全然たのしくないよ!」

自分がいやいややっている事をうらやましがるなんて精神がどうかしている、挙句の果てにそれを責められては堪らないとダウドは思った。

「そんな事より、あんたじゃ物理的に不可能だ。キャプテンあきらめろ」

尤もな事を冷静に指摘するグレイは他の3人に比べるとそれほど衝撃を受けてはいないようだが、声の調子に焦燥の色を帯びていた。

「そんなこたあ、やってみなきゃわからねえだろうが!だいたいバルハラントには2メートルを越える大女だっているって話じゃねえか!」

皆が必死に説得するも、ホークは引く気はないようで、極端な例を出してでもあくまでもやりたいことを押し通すつもりらしい。

「いくらシフでもそこまで大きくはありません!そもそも、いくらシフでも髭はありません!」

アルベルトは何とか阻止しようと、極端な例を上げホークの言を否定する。

「ああ〜!もういいじゃねえか!こうなったらヤケだ!徹底的に気持ち悪いオカマにしてやらあ!とにかく早くいこうぜ!」

だが、ジャミルはもう、これ以上議論しても無駄だといわんばかりに強引に話を打ち切った。

「返ってそこまでやれば恐ろしくてだれも何も言わないかも知れん」

グレイもまた、どうにでもなれと言わんばかりに適当な理屈をつけて自分をなっとくさせた。

「よし!決まりだな!よ−い!気合入れて思う存分女装してやるぜ。」

ホークは満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズをした。



さらに30分後。

扉の向こうから現れた提灯袖の服とフリルのついたエプロンとフリルとバラの造花をあしらったボンネットを着用し、どうやってこしらえたのか不明だが、髪の毛のみならず髭まで縦ロールにしたホークを目にした一同が他人のフリをしようと思ったことは想像に固くない。

次へ

2006年9月 ありがとうございました!
もともと、最初この話はこの部分しかありませんでした。
ここに至るまでの経緯と其の結末を後からつけたしたら、なぜかこのように長い話になりました。
もう帰る


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