深紅の月、漆黒の夜 9
ミンサガ
もう帰る

ここは何所だろう?

意識を回復したミリアムはぼうっとした頭で自分の置かれた立場を把握しようとした。
北エスタミルの夜道で謎の男に眠らされてから、おそらく1日か2日ぐらいしか時は経っていないだろうと特に根拠もなく思った。

それにしてもここは何所だろう?

飲みすぎた朝のように頭はずきずきと痛むが、自分でこしらえた右手の打撲以外、他のは特に怪我ないようだし、手足を縛られている様子もない。
視力も大分回復してきたので辺りを観察する。
さらわれた時の状況から考察するに、てっきり、地下牢のような石の剥き出しになった部屋にでも閉じ込められているのだろうと思ったが、そうではないようだ。

そこはミリアムが普段目にしないような豪奢な部屋だった。
貴金属と高価な宝石をあしらった豪奢な調度品。壁にかけられた著名な作家の作とおもわれる神話を題材にした格調ある絵画の数々。天上から吊り下げられた、繊細な模様を透かし彫りにした銀製のシャンデリア。床にはタルミッタ特産の毛足の長い鮮やかな紅をベースにした様々な模様の織り込まれた絨毯。どれをとっても高価なものばかりである。
また、その品々を収納する部屋自体もあちらこちらに幾何学的で繊細なレリーフや、様々な色のタイルでモザイクが施されていた。
壁に窓が無い事をのぞけば、クジャラートの典型的な貴族の屋敷のようだ。

「ここは?どこなの?」

くどいほどの豪奢な部屋のようすに度肝を抜かれ、思考能力を放棄したミリアムは誰に聞くともなく、言葉にした。

「ここはハーレムだよ」

が、以外にもすぐ背後から応えがあった。
驚いて振り向くと、そこにあったのは知った顔だったので安堵した。

「ファラ!」

そこにいたのは、さっきからジャミルが必死に助けようとしていたファラであった。
ミリアムはファラとは少なからず面識があった。
北と南と違えど、同じ町に住んでいるのである。
ミリアムの行き着けの南エスタミルの洋品店で、ファラは売り子をしていた。
気付けば意気投合し、ミリアムは冒険から帰ってくるたびに、必ずそこによってはファラと話に花を咲かせていた。

「よかった〜。目がさめたんだね。ミリアム。おこしても起きないからどうしようかと思ったよ〜」

ファラもまた、安堵したようすで応えた。

「それにしても一体どうしたんだい?ミリアムも借金の方につれてこられたの?」

「うん、なんかさ〜道歩いていたらいきなり変な奴に襲われたんだよね。ひどい話よね!レディにいきなり襲い掛かるなんて!思い出したら腹が立ってきた!」

ミリアムはふつふつと湧き上がる怒りにみを任せて、再び手近にあった調度品にあたった。

「きゃ!」

その近くから短い悲鳴があがった。
ファラと話し込んでいた為、他の人間の存在に気付かなかった。
改めて辺りを見回すと、若い女性が20人ほど部屋にはいた。

「ファラ、此処は何なの?」

「この建物がどこに位置するはあたいも分からないんだ。ここがハーレムだって言う事しかね。此処にいるのはみんな攫われたり、親に売られたりした子達ばかりだよ」

言われてみると、此処にいる女性は皆粒ぞろいの美しい容姿をしている。が、その表情葉曇ったままだ。無理も無い。

「ハーレムって誰の?」

「さあ、あたいも2日前に此処につれてこられたばかりだから、まだ会った事ないんだ。」

「ま、どうせエスタミルの馬鹿貴族でしょ。皆同じようなもんだから誰だっていいわよ。ハーレムをつくる風習なんてほかの土地にはないもんね。」

「え?そうなの?何所の貴族も同じだと思ってた」

「ローザリアやバファルあたりでは王様でも妻は一人だって聞いたよ」

「へえ〜〜〜それってクジャラートではあり得ない!!だいたい太守なんか正式な奥さんだけでも5人いるっていうし、さらに妾とか入れたら50人ぐらい・・・」

ファラとミリアムは女同士止めどなく話を続ける。そこに割り込む者があった

「ねえねえ!ファラ!その人と知り合いなの?」

見ると先ほど、小さな叫び声を上げた少女である。
火のように赤い髪の毛と太陽に輝く草原を彷彿させる緑の瞳の少女だ。そして変わった服を着ている。

「あんたは・・・・」

ミリアムは急に話し掛けられた事よりも、ハーレムにこんな子供までいるのか?と言う事に驚いた。

「あ、そうそう、この子はアイシャって言うんだ。昨日仲良くなったんだ」

ファラは忘れていてごめんねといいながら、アイシャをミリアムに紹介した。

「へえ!そうなんだ。あたいはミリアム!よろしくアイシャ。」

「よろしく!私、タラール族のアイシャ。」

初対面にもかかわらず、二人は持ち前の明るさと気楽さですぐさま打ち解けた。
そして、3人は相変わらず話を弾ませた。その様はとても囚われ人とは思えない。まるでどこかの喫茶店でお菓子を食べながら雑談する街娘のようだ。

「へえ、タラール族なんだ〜。よく噂には聞くけど初めて見たな。」

「だよね〜!珍しいよね〜。本当に赤い髪の毛で緑の目なんだもん。びっくりしたよ」

ミリアムが物珍しそうにアイシャをしげしげと眺めると、ファラも呼応してアイシャの瞳を覗き込む。
物怖じしないアイシャも二人からじろじろとながめられ、さすがに恥ずかしそうにうつむきながら、応える。

「うん、あまりタラール族の人たちはガレサステップから出たがらないから」

「そうなんだ。それにしても随分遠くから連れてこられたんだねー。大変だったねー」

意外と情に厚いミリアムはアイシャの境遇に同情し、苦労をねぎらった。
アイシャはその言葉に、そうだった。もし此処から出られたとしてどうやって帰ろう?ここが何所なのかも分からないのに・・・と少し不安になった。が、先の事を思い悩んでも仕方が無い。
気を取り直して、質問をぶつける。

「二人はガレサステップには来た事ある?」

「そういえば、いつもニューロードを通るからステップの中に入った事はないわねー」

ミリアムはそう答えたが、いつか必ず行くだろう心の中で付け加えた。
仲間だった聖戦士はステップの奥地にミルザが挑んだ神の試練の場があると自慢気に長々と説明していた。そう言ういわれのある場所なら何か凄い宝もあるかもしれないから今度皆で行こうという約束をメルビルで分かれる直前に交わした事も思い出した。

「あ〜あたいはエスタミルから出た事ないんだ〜。だから他の国の事は聞くだけで、知らないんだ。」

「じゃあ、今度連れて行ってあげようか?」

ファラが羨ましそうに呟くとミリアム提案した。

「そうだよそうだよ!ふたりとも私の村においでよ!みんな良い人達ばかりだから大歓迎するよ!」

それにのってアイシャも提案した。知り合ったばかりだが、二人とは良い友人になれそうだと思った。だからぜひとも自分の村を案内したいと思った。

「え!本当!じゃあ、ジャミルもダウドも誘って皆で一緒に行きたいな!」

ファラは心のどこかで、漠然とこのままエスタミルから外に出る事なく、一生を終えるのだと思っていたが、提示された未来の可能性に心が躍った。それは素晴らしいもののように思えた。

「ジャミルとダウドってファラのお友達?」

アイシャはファラの言葉に唐突に表れた人の名を疑問に思い尋ねた。

「うん、そうだよ!二人ともあたいの大事な幼馴染だよ。」

ファラは誇らしげに言い切る。そんな様子にミリアムは

「へ〜ただの幼馴染なの〜?」

とからかうようにしたからファラの顔をのぞきこみながら問うた。

「え?何で」

質問の意味がわからず、きょとんと尋ね返す。

「二人とも男の子なんでしょう?どっちかと恋人とかそう言う関係なんじゃないのー?」

ミリアムはジャミルにもダウドにもあった事はない。が、ファラから度々その二人の名前は聞いていた。というより、事ある毎に二人の名前は登場する。

「そ!そんなんじゃないよ〜。」

ファラは思っても見なかった事に一瞬言葉を失った。がすぐさま否定した。

「あはは、ファラ赤くなってる!さてはどっちかが好きなんだね!?」

ファラの様子にアイシャもまたからかうように笑った。

「だから違うってばあ!!」

ファラは力の限り否定した。その声に周りにいた女達は驚いてコチラをふりむいた。
少なくとも意識の表層では二人を異性として意識した事はない。
だが、深層ではどうだろう?それは自分でもわからなかったし、分析するのが恐くもあった。3人で一緒にいて楽しければそれでいいと思っていたので、まだ、彼らとの関係もこのままにしおきたかった。



このような調子でとめどなく話は続いた。が、ふと、アイシャは呟く。

「それにしても、ここから逃げ出すのって・・・やっぱり無理かなあ・・・」

もっともな不安である。というより、不安を押し出すように明るく振舞っていたともいえる。それに対しミリアムは冷静に分析する。

「あの扉を破るのは難しいかな。それに下手なことをしたら、他の人達にも迷惑かかるしねえ」

二人のやり取りを聞いていたファラは二人を元気付るように断言した。

「あたいはジャミルとダウドが助けにきてくれるって信じているよ。」

「あいつならきっとね」

そう言うファラの顔にうかぶのは二人に対するゆるぎない信頼だった、
それを見ていたミリアムは羨ましいなと思った。自分は仲間に対しそう言うふうに断言できるだろうか?
それからまた、このままの状況だと約束の3日目に間に合わないなと思った。
もし、自分がその場所にいなかったら仲間達はどういう行動するだろう?

「ああ、遅れたら帰るとか言わなきゃよかったな〜」

グレイの事だから本当に帰ったと判断するに違いない。
ミリアムは自分の言葉に後悔しながら嘆息した。
アイシャとファラはミリアムの脳内でどのような葛藤が起きたのか訳がわからなかったのできょとんとした表情で見やった。
その時である。扉の向こうで激しい物音がした。

「・・・だれか連れてこられたのかな?」

その割にはただ事ではない物音である。その中には悲鳴も混じっていた。
3人は顔をみあわせた



刻は夕。

銀の月と赤の月が東のほうから昇る。
銀の月は20日周期で満ち欠けを繰り返し、赤の月は10日周期で満ち欠けを繰り返す。

赤の月アムトも銀の月エリスも同じく3日目のつきであるが、その公転周期の差からか銀の月は砂漠地方の剣の切っ先のようであるのに対し、赤の月はお盆を真っ二つに割ったような形である。
けったいな格好をした男5人は北エスタミルのアムト神殿の前にいた。

「さすがにこの格好で街中を歩くのは恥ずかしいぜ。まあ、夜でよかっな」

ジャミルが大して恥ずかしそうでもなく呟いた。

神殿は夜も昼もなく、常に開かれている。特にアムトは闇を封じる為に生み出された月の女神であるからむしろ夜にこそ神の御加護があるとされている。
その謂れを信じ、というかすがるように、夜は深刻な悩みを抱える人間達が各地からやってくる。特に赤の月が満つる夜は。
とは言え、やはりよほどの事が無い限り夜に参拝に来るものはいない。それに今宵は満月でもない。恋人と思われる二人組みが1組、それ以外2,3人にいるだけあった。
それほど一般人に甚大な被害をあたえずに履行できるだろう。

「まあ、誰にも気付かれなかったみたいだから良いじゃねえか」

と応えるのはホーク。
他の4人がそちらの方をなるべく見ないように努力しているのは言うまでもない。

「さて、行くか。此処は苦手だ。なるべく早く済ませてしまおう。」

グレイは他の4人を促す。そして他の人間の反応を待たずにさっさと神殿の中に入っていく。

「そうですね。早くこの格好をやめたいし、早く助けないといけませんし。行きましょう」

アルベルトもそう言ってグレイの後を追う。

「それにしても、神を冒涜した格好だよね。大丈夫かな」ダウドは少々躊躇した。

エスタミルに住む者にとってアムトはウコムと同じく最も身近に存在する神である。
それほど信仰心はないが、ダウドとてアムトに対してはやはり多少の思いいれがある

「何言ってんだ。神殿にハーレムを作る事のほうがよほど冒涜した行為だぜ。まあ、アムトは慈愛の神様らしいから何でも許してくれそうけどな」

ジャミルはダウドと異なり、どんな神も信頼していないので、躊躇することなく皆の後を追う。

「おら!いくぜ!幼馴染をたすけてえんだろ!」

ホークの言う事はもっともだが、こんな格好をした人に言われたくない。とダウドは思った。だが、ファラを助けたい。それはジャミルと同じだ。
決意したように慌てて後を追う。

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2006年9月 ありがとうございました!
もう帰る


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