深紅の月、漆黒の夜 10
ミンサガ
もう帰る
神殿内部の光は、祭壇のあたりに唯一灯された蝋燭のみであった。無駄に広い空間を照らすには甚だたよりない。
人もみな青黒い影にしか見えず、すぐ隣にいる人の顔すらも判別できないほどである。
女装を見破られる事もないだろう。むしろ女装すらする必要はなかったかもしれない。
ジャミルとホークは内心「ちぇっなんでえ。張り切って女装したのに」と思い。一方アルベルトとダウドは自らの格好を悔い、ジャミルの要求をまんまと受け入れた自分達の愚かさを悔いた。
それぞれさまざまな思いが去来していたが、何を考えているのかさっぱり分からない人物が一人。
そもそも、グレイは女装することに何のためらいもなく、かといって乗り気だった訳でもない。だから更どうとも思わないし、それよりも自らの身に起こった体の変調に神経を奪われていた。

グレイはアムト神殿に入った瞬間、理由のない圧迫感を感じた。

何時もの事なので覚悟はしていたが、アムト神殿に入るたびに感じるこの血液が逆流する感覚は慣れそうもない。
かつては神に対する畏怖心だろうか?とも思ったが、他の神、エロールやウコム神殿ではそのような事はない。
刀をファラの家に置いてきたのは正解だった。今あの刀の獰猛な意志を押さえ込むことは出来ないだろう、と思われた。
とはいえ、行動不可能になるほどの事でも無いのでそのまま捨て置いた。

ミリアムとの約束の3日後は明日の朝だ。それまでに終わらせなければいけない。
ミリアムの事だから遅れたら本当に帰ってしまうだろう。
その様が手にとるように想像できたので、珍しく顔の筋肉を緩めた。

「ハーレムへの入口はあそこの右を回った所だそうだ」

ホークは自分が女装していることも忘れ、胴間声を上げながらキョロキョロと辺りを見まさした。

参拝客はその声にぎょっとなったらしくそそくさと去っていった。
ギョッとなったのはホークとともにやってきた仲間達も同じだった。

「おいおい、おっさん。あんた、女装している事を忘れてんじゃねえ・・・・とと、お忘れではなくて?ばれておしまいになりますわよ。」

ジャミルはあわてておかしな女言葉になおし、しなを作ってでホークを糾弾する。ダウドは普段ジャミルと接している分、その様子に総毛だった。が、それを指摘すると調子にのって余計におおげさにやるに違いない。

「・・・・・・いえ、その格好の時点でばれているかと思われます。」

アルベルトは指摘したあと、居心地悪そうに身じろぎをした。

「アル。君の恐い姉さんはここには居ないからもっと楽にしたら?」

とダウドはアルベルトを勇気づけ、そして気になる点を指摘した。

「あそこを曲がるって言ったって、神官様の前を通らないといけないよ?」

「そんなもん、片付けりゃあいいじゃねえか」とホークは海賊らしく物騒な事を言い

「気絶させればいいんじゃねえか?」ジャミルは盗賊らしく多少は婉曲に物事をすすめようとした。

ダウドが「そうか、それもそうだね〜」と納得しかかったところ、アルベルトは慌てて、お下げにした金髪とジャミル特性の羽を振り乱しながら噛み付くように反対する。

「ダメです!関係の無い方、それも神につかえる方に危害を加えるなんて!!大体片付けるってなんですか!?ホークさん!」

「じゃあ、どうすんだよ?」とジャミルは逆に問いただす。

「話せば理解してくださるはずです!アムト神殿にとってもハーレムの存在は認められないものであるはずです!」

「あのな、アル。アムト神殿の人間がウハンジのハーレムと無関係だと本気で信じているのか?奴らにとって自分の家である神殿にそのハーレムはあるんだぜ?」とジャミルが言うと、ホークも呼応する。

「そうそう、アムト神殿の奴らも協力していると考えたほうが納得だぜ」

「でも、神職にある方がそのような事を成されるはずが・・・」アルベルトは納得しかねる様子だが、二人の言う事に反論もできかねたので口ごもった。

そして、先ほどから何も言わないグレイに助けを求めようとした。

「グレイさん、あの二人を止めてください。このままだと私達はお尋ね者になってしまいます。」

だが、応えはなかった。
グレイは心ここにあらずの体でアルベルトの言葉に気付いた様子も無い。
それどころか先ほどからの口論にすら気付いていない様子だった。
アルベルトはいぶかしげに

「どうされたのですか?グレイさん。具合でもわるいのですか?」

「・・・・・・」

返事はない。

「グレイさん?」

アルベルトはもう一度名を呼ぶ。

「ん?なんだ?」

「さっきから何度も呼んでます。どうされたんですか?やはり具合でも悪いんですか?」

「なんでもない、ぼうっとしてた」

グレイは驚いたように聞き返した。初めて回りの様子に目を向けたかのようだ。

「めずらしいねえ、あんたがぼうっとするなんて」

とジャミルが知り合って1日しかたっていないのに、まるで10年前から知っているかのように言った。そんなジャミルの言葉は無視して、自分の尋ねたい事の聞いた。

「で、なんだ?」

「本当に聞いて無かったのかよ」

ジャミルは大仰にあきれ返ってみせた。
アルベルトやホークはグレイがこうなのは何時ものことだと分かっていたのでなので特に何も言わなかった。

「さて、行こうか」

グレイは他4人を置いて、そのままアムト神官の前を通りすぎて行こうとした。

「いや、だから。それで言い争っていたんだってば」

ダウドは慌てて追いすがる。

「見つかっちゃうよ〜」

「最初から見つかっている。」

グレイはダウドを一瞥して一言だけ言った。
ダウドは恐る恐るアムト神官の方をちらり盗み見た。アムトの赤い衣裳を纏った女性は今までと同じように、祭壇の前に立ち、参拝客に祝福を与えるように鷹揚な笑みを浮かべ漠とした瞳で広間のほうを眺めていた。
そして、祈るようににとうとうと静かな声で語り始めた。

「アムトの愛は生けとし生けるものすべてに向けられた慈悲の心。見返りを求めない限りの無い心。それを忘れてはいけません」

それっきりまた、右手で祈りの印を結んだ。

「つまり、アムト神殿は消極的に俺たちを支援してくれるってことかい?いや、自分たちが表立って権力に逆らうのは恐いから俺たちに押し付けて、丸く納めようって魂胆だな」

ジャミルは適当に解釈した。が、嫌味を言う事は忘れない。

「まあ、いいじゃねえか、無駄な争いが一つ減ったんだ。それにさすがに女に手を上げるのは気にくわねえしな」

ホークは根が単純なせい政治的取引と言う物はどうでも良い。
5人が隠し部屋へと入っていった後、アムトの神官は再び参拝客に向って説法するように呟いた。

「アムトは敵でさえもさずにはいられませんでした。
たとえ、それが自分がそれを倒すために生まれたのだとしても、アムトはシェラハを愛を持って止めようとしました。どのような者であれ、愛があれば理解し合えると信じたのです。
それを忘れないでください・・・」

だが、自分の恋にのぼせ、目の前の恋人しか意識になさそうな恋人達の群れのなかで一体誰が聞き、理解したであろうか?



「おい、お前らハーレム志願者か?」

ハーレムと思しき部屋の扉の前まで来た。鉄製の頑丈そうな扉だ。ご丁寧に鍵穴は3つほどある。その前をさらに厳重に2人の厳つい格好をした門番が護っていた。
大勢でぞろぞろとやってきた一行を訝しげに見やりながら問い正した。
ジャミルは艶然とした笑みを浮かべ応えた。

「・・・・・ええ!コチラにくれば不自由のない暮らしが出来ると聞いたものですから」

ダウドは背中が粟立ったが、門番達は顔をだらしなく緩めた。

「ほおおお、お前さん、べっぴんさんじゃねえか。他の奴らも・・・」

そう言ってジャミルを上から下まで舐めるように眺め回し、そして他の4人も品定めしてやろうと目線を移す。

「ほお、ローザリア女か、金髪がそそるねえ。その羽も可愛いな。で、こっちは東の方の服そうだな。女にしてはでかい気もするが、かなりの上玉だな。まあ、バルハラントには3メートルを超す大女だって居るって伝説だからな。で、こっちはまた随分かわいいじゃねえか、ピンクのフリルがいいねえ。で最後は・・・!!!」

門番はアルベルト、グレイ、ダウドと順に眺め、そして最後にホークに目をやった瞬間に固まった。

「よし!今だ!やっちまえ!」とジャミルが言ったか言わないかのうちにグレイは一人の門番のみぞおちに拳を突き出し、ダウドは隠し持っていたレイピアの柄でみぞおちを突いた。ジャミルはといえば、その間に門番の懐に手をいれ、門扉のカギを探り当てた。

「よっしゃあ!これで中にはいれるぜ!それにしても前フリが長い割りにちょろいもんだったな。」ジャミルは相手のふところから掏り取ったカギを右手でもてあそびながら悦に入っていた。
その間アルベルトは呆然としたままであり、ホークは面白くなさそうにふてくされていた。

「なんでえ、完璧な女装だと思ったのによお。」

他の4人は当然のごとく無視した。

ジャミルはわずかの時間も惜しむようにカギを開け、開いた瞬間にわずかな隙間から体を滑り込ませた。ついでダウドも中に入っていく。

「ファラ!!!」

おそらく大丈夫だろうが、姿を確認するまでは助かったかどうかは分からない。
鉄の門ごしにそう呼び賜る声が響く。
残された3人はやれやれと思いながらも、中に入っていった。



ファラは名前を呼ばれて反射的にそちらのほうに振り向いた。
知った声だと思った。確かに来ると信じていた。だが、俄かに信じられなかった。
姿を見たいと思った。

「ジャミル!ダウド!」

そして振り向いた先にその二人は居た。

「ファラ!無事だったか?」

ジャミルはファラの姿を確認すると、今まで、あれだけ心配していた様子は微塵もみせず、何時もと変わらないあっけらかんとした様子で言った。否、格好は何時もと大分違う。

「良かった〜〜〜〜」

対してダウドは大げさに胸をなでおろし、ついでその場にへたり込んだ。それもまた、何時もとは変わらない動作であるが、格好は大分何時もと違う。
二人が助けに来てくれることは信じていたし、いま、彼らが此処に居る事がとても嬉しかった。心が温かいもので満たされていくのを感じた。

だが、頭のほうは疑問で満たされていった。

二人が着ているものは自分の持ち物である事を理解したが、何故に彼らがそのような格好をしてるのが理解不能であった。しばらく怪訝な顔で眺めていた。
が、疑問が臨界点に達したのか、突然噴出した。

「ジャミル、ダウド・・・アンタ達何そんな格好しているの?
・・・あはははは!」

たまりかねたように屈託なく大笑いする。

「なんだよ!せっかく助けにきてやったのに!」

「そうだよ〜〜。こんな恥ずかしい格好までして・・・」

ジャミルとダウドはそんなファラの様子にふてくされながら、抗議しつつも、その様子がいつもと変わりなかったので、安堵した。
少なくともここに無理矢理つれてこられた以外に何某かの被害を受けた訳ではなさそうだ。

「だって・・・あははははは!!おっかしい〜〜〜!!」

まだ、笑い続けるファラに対し、二人は力なく呟いた。

「ファラ・・・・」

ひとしきり、笑ったら、気が済んだのか、ふいに真面目な表状になり、二人に感謝の意をしめす。

「信じてたよ。有難う!」

正面から見据えられ、改めてお礼を言われるとなにやら照れくさい。
ジャミルは頭をかきながら、やや、得意げに胸をドンとたたいた。

「へへ!ま、俺に任せておけば大丈夫だ」

「なんだよ。おいらもいるよ。それにおいら達だけじゃどうにもならなかっただろう?」

ダウドが抗議する。自分だって少しは活躍したはずだ。全てジャミルのお陰にされてはたまらない。
ミリアムとアイシャはそんな3人の様子をあっけに取られて見守っていた。
先ほどから散々話題の渦中の人物がけったいな格好であらわれたので戸惑いを隠せず、そしてたまりかねたように、会話の途中で割り込むように質問をした。

「あ、ええと、ファラ。この人達が」とアイシャが言い、

「ジャミルとダウド?随分と変わった趣味を持った人たちだね」とミリアムが言った。

ファラは幼馴染二人の出現で、周囲の状況に意識がまったく向かなかったのである。
忘れててごめん、と誤りながら、適当にお互いを紹介する。

「あ、そうそう、こっちがジャミルで、こっちがダウド。で、この人がミリアムでこの子がアイシャ。」

この際、二人がけったな格好をしている事はどうでもいい、と思っているのか、それに対する説明は無かった。

「・・・・宜しく」

ミリアムとアイシャは彼らの格好の謎が解けぬことに一抹のもどかしさを感じつつも、此処からでられそうな希望が見えてきたので、特にそれについては問わない事にした。
釈然としないまま、一言挨拶をする。
ジャミルとダウドは自分達の格好の弁明をする機会を逸し、なんとなく気詰まりな感じで一言挨拶をする。

「そういえば、さっきの台詞からすると、他にも誰かいるの?」

微妙な空気の二組は気にせずにファラは先に感じた疑問を口に上らせた。

「ああ、そうそう、エスタミルの地下で・・・」

ああ、忘れてたといいながら、ジャミルが説明しようとする。
と、その時、ジャミル背後からミリアムの知った声が聞こえた。

「ミリアム」

ファラが自分の大事な幼馴染が助けてくれる事を信じて疑っていなかったのとは対照的にミリアムは自分の仲間達がここにくるとは夢にも思わなかったので、その姿を確認すると大いに驚いた。

「え、グレイ?」

が、驚いたのはグレイが此処に居た事よりも、彼もまた、けったいな格好をしていたからであった。しかも何時もと変わらぬ調子であったからだ。

「・・・・・あんたまでなんていう格好しているのよ。しかも、違和感ないし、なんか悔しい・・・」

ミリアムは疑問を述べるとともに、相手の完璧な女装姿に少しばかり口惜しがった。

「その前に、なんでお前がここにいるんだ?」

あくまでも冷静であったが、グレイはほんのわずかではあったが、怒ったような口調で詰問した。

「え?あ、ええっと道に迷って・・そしたら何か変な人につれてこられて・・・そして」

ミリアムはしどろもどろに説明をするが、途中で遮られた。

「・・・また迷ったのか。どうやったら自分の住んでいる街で迷うんだ?」

「いいじゃない。そんなことは」

何時もの呆れたような口調にミリアムはふてくされたように、そっぽをむいて怒った。

「よくはない。偶然ここに来たからよかったものの、そうでなかったらどうするつもりだったんだ」

それはその通りである、閉じ込められている以上、仲間達に自分の様子を知らせることは出来ない。それに「遅れたら帰る」と言った以上、明日約束の時間に自分が現れなくても帰ったとしか思わなかっただろう。そうなったら、万事休すだ。
いまさらながら、その事が現実味を帯びてきたので、背筋か凍りつく気がした。
が、グレイがあまりに淡々と語るので、だが、その事実を認めるのは面白くない。

「あれ?もしかして、心配してくれちゃったりしてる?なあんてね」

決まり悪くなって、茶化すように相手の顔をしたからのぞきこみながら、わざと明るい声で尋ねた。何時もと変わらない様子に相手に対する精一杯の反撃だった。せいぜい答えに窮したら良いと、意地悪く思った。が

「当たり前だろう」

グレイは至極当然のように、あっさりと認めた。

「・・・・・え、あ、そうなんだ。」

予想に反した答えに、逆に言葉に窮したのはミリアムのほうだった。
ミリアムもまた先ほどのファラと同じく周囲の状況を忘れていた。
いきなり口論をし始めた二人にジャミル以下3名は何事か理解できず、口もはさめずに、あっけに取られ見守っていた。

そんな、ミリアムの耳に、さらにもう一人知った声が入った。

「ミリアムさん!貴方も捕まってたんですね!!!
ここに来て良かったです!」



アルベルトであった。先の3人と同じように女装をした。

「・・・・アル。あんたまでそんな格好を・・・もう驚かないけどさ・・・」

グレイが此処にいるのだからアルベルトが此処にいてもまったく不思議ではない。

が、ここに来た男連中がそろいもそろってけったいな格好をしているのはどうした事だろう?

ミリアムは疑問を抱いたが、ふと、最悪な可能性が思い浮かんだので、おそるおそるアルベルトに尋ねた。

「・・・あのさあ、想像したかないんだけど、まさか・・・」

最悪の事態は起きてしまったようである。
聞きなれた声を聞いた瞬間に、そう悟った。

「おお?お前さんも捕まってたんか?いやあ、陸地ってのは狭いもんだなあ。まあ、やっぱあれだな。人助けはしておくもんだな。」

ホークである。同じく女装をした。
モンスターよりもグロテスクな様に女性陣は、暫しの間彫像のごとく凍りついたが、やがて時が動き出し、そろって叫び声を上げた。

「・・・・・・・・い、いや〜〜〜〜!!何この人〜〜〜〜〜!!!恐〜〜〜〜い!!!!」

そんな3人娘のようすを勝手に解釈し、得意げにふんぞり返った。

「なんだあ、俺様の美貌に嫉妬したか?」

「それは無い」

ホークと女性陣を交互に見やっていた4人のけったいなかっこうの男達は一様に否定した。



「さあ、ってずらかろうぜ。」

とりあえず、混乱がおさまったと判断し、ジャミルは皆を促した。

「その前に他の人達も逃さなければ」

アルベルトに指摘されるまで、完全に他の捕まった人達の事は忘れ去っていた。
そう、ハーレムに居た女性達は突然起きた騒ぎにあっけにとられて、固唾を飲んで繰り広げられる喜劇を見やっていた。

「はいはい、分かってますよ。これだからお坊ちゃんは」

すっかり他の人達の事を失念していたジャミルはばつがわるそうに、アルベルトに皮肉っっぽく言った。が、すかさずファラに責められた。

「ジャミル、みんなあたいと同じようにむりやりつれてこらた人達なんだよ?」

「そうだよそうだよ」

アイシャはファラを加勢する。自分達だけが助かっても一件落着とはいえないのであった。

「そうだな。じゃあ、助けてやらないとな」

二人の女性につめよられ、あっさり、了承した。

「現金だねジャミル」

転身の早いジャミルにダウドが呆れていると、

ガターン!

物凄い轟音が響いた。
そのような音を出す物体は入口にしか存在しない。
ジャミルは勢いよく開け放たれた扉を目にして、しまったと思った。

「早くずらかるべきだったな〜」

後悔してもいまやおそし。
扉を開け放った人物はこのハーレムの持ち主のクジャラート太守ウハンジであった。
ウハンジは扉の外に居た見張り番以外にさらに二人の兵士を引き連れていた。

「このドアを破ったのは何奴だ!?」

芸の無い詰問だった。が、芸を求める場所でもない。

「ああ?お前が悪の親玉かあ?いかにも悪そうな面してやがるぜ!!」

暴れたり無いホークが指をボキボキと鳴らしながらウハンジのもとにつめよる。

ちなみに、もちろん女装のままである。
その様はさながら地獄の悪鬼のようだ。

「あんたは人の事言えるのかい?」

というジャミルの指摘ももっともであると言えよう。
ものすさまじいオーラを放っているホークに比べたら、ウハンジなど菩薩のようであると言えよう。

ウハンジはよもや、自分のハーレムでこのような地獄絵図を目にするとは思わなかったに違いない。

まあ、予想できるはずもないが。

女装ホークにウハンジは恐怖に支配された。動かなければと頭は思うのだが、体が言う事を聞いてくれない。ウハンジの部下の兵も同様であった。

「んなこたあどうでもいい!暴れ足りねえ!!!!やるぜ!」

何所に隠し持っていたのか、斧を振りかざした。しかも、地下道で壊して、その後修理に題していないので、半分刃が欠けている。それがより、凶悪さを主張する。
もはや、悪鬼などと言う可愛げのある者ではなく、邪神そのものとしかいいようのない体である。と傍観者一同は三邪神に対し大分失礼な事を考えた。

「ああ、ホークさん。無益な殺生はいけませんよ!」

アルベルトは決死の覚悟でホークを諌めた。恐怖に支配されていたのは攻撃の対象にされたウハンジ一味だけではない。行動をともにするジャミル達や、傍で見守っていた、他の女性群も同様であった。こういう人物はできる限り関わらないに超した事はない。

「そうだよ、こいつ一応クジャラートの主なんだからね。殺したらお尋ね者になっちゃうよ」

ファラもホークを恐いとはおもったが、アルベルトに同調し、そう言った。

「とりあえず手下は殺しても大丈夫だろう。」

グレイはなるべくホークを視界に入れないようにしながら冷静に言った。

「ええええ!!!!やっちゃうの?」

あまりな言葉にダウドは驚きの声を上げた。
いくらなんでも人を殺すことを提案するのに冷静すぎだろうと居った。

「よおし!そうこなくっちゃなあ」

反対にホークは我が意を得たりと満面の笑みをうかべ、斧を振りかぶった。
いよいよ恐ろしい図である。

「ウハンジは殺すなよ〜〜おっさん。」

ジャミルは外野から無責任に言い、

「生け捕りにしないとだめだよ!後で取引に使うんだから!」

ミリアムも外野からわりと非人道的なことを言ってのけた。

「あ、正妻に突き出してやるって言う手もあるね!!」

ファラは、彼らがウハンジの奥方から依頼を受けたことは知らないので、無邪気に言った。
その言葉にウハンジは更に色を失ったようだ。
それを見届けジャミルは内心「これは利用できる」と思ったが、自分の心のうちだけに閉まっておいた。

「へいへい注文の多いことで」

ホークが、不本意に呟いたか呟かないかのうちに、斧をウハンジにむけて振り下ろした。
がウハンジは絶叫した。

「ま、待て〜〜〜〜〜〜〜!!!」

斧はピタリとウハンジの額の辺りで止まった。
斧と額の間は1センチもない、すん止めであった。
あと少しタイミングが遅かったら、今ごろウハンジの頭部はスイカのごとく割られ、内容物を撒き散らしていたていたであろう。

「ああ?なんだ?」

ホークは高圧的に尋ねる。答えによってはそのまま下に力いっぱい叩き込むとでも言わんばかりだ。

「ワシが悪かった!!!もう2度とハーレムなど作らん!だから見逃してくれ!!!」

ウハンジは威厳も矜持もかなぐり捨てて、床に這いつくばった。
出来る限りの情けない表情を顔面に貼り付けていた
それを見たジャミルは溜飲を下げた。
が、気持ちの上ではそれで治まったが、問題はまだある。
床を掃除できるのではないかと思えるほど、低い位置にあるウハンジの頭をジャミルは踏みつけて、あっけらかんとした調子で尋ねた。

「それから、俺たちの事も無かった事にしてくれよな!」

ここで、ファラを助け出せても、お縄を頂戴しては意味がない。

「わ!分かった!!!お前らのことは不問にしてやる!!!」

ハイヒールで踏みつけられた苦痛で顔を歪め−否、屈辱の方が勝っていたかもしれぬ―ながら約束をした。

「してやるだと?!」

物言いが気に食わなかったのか、ジャミルは踏みつけている右足をぐりぐりと力を入れた。
これではどちらが悪役だか判別がつきかねる。
一国の主が盗賊−それも女装した−に踏みつけられるとは何たる屈辱。

この恨みはらさでおくべきかやとは思ったが、一体どのような罪状で引き立てればよいのか?罪状を明らかにすると言う事は自分の悪事をも白昼に知らしめる事になる。
どのみち、ジャミルの言うように、不問に帰すしかないのである。
が、だからといって、おいそれとそれを認めるのも腹立たしく、屈辱でもある。

「・・・・・くそっ!」

ジャミルはウハンジの醜態を見下ろしながら、嘲弄するように、先ほどファラが何気なく言った言葉をむしかえした。

「なんなら、奥さんに言いつけようか?」

ウハンジはがばと身を起し、右足を振り払われた格好となり、よろけたジャミルにすがりつく。なにやら必死の形相である。斧を叩き込まれようとする瞬間よりもさらに真に迫っっていた。斧より奥さんのほうが恐いらしい。

「すみません、します!させて頂きます!だから妻には言わないでくれ!!!」

先ほどから釈然とせずに黙り込んでいたアルベルトがついにその疑問を言の葉に上らせる。

「でも依頼人は奥方さ・・・ふがふが」

ダウドに後ろから押さえ込まれ、後を続けることが不可能となった。

「アル、悪いね、ちょっとだまっててくれないかなー」

ヘタレでも盗賊である。ダウドはそれを相手に知られたら、取引を有利に進めるのが困難になると、素早く理解した。アルベルトはわけがわからず、ダウドの腕の中でじたばたと無言の抗議をし続けている。
背後でそのようなやり取りがなされている事に気づいているのかいないのか、ジャミルは続ける。

「イマイチ信用できないんだよなあ・・・ここで離してやった途端に俺たち指名手配になったりしないだろうな?」

と、ここで、一旦言葉を切り、大げさに天を仰いでみせた。

「おえらいさんってえのは約束は破る為にあると思っていやがるからなあ」

「そんな事はせん!」

ウハンジは即座に否定する。
が、そう言う事実はないという意味ではなく、権力を嘲弄されたことにたいする反射的な反応だろう。

「信用できないな。アムト神官に証人に立ってもらおうか。」

と、提案したのはグレイだ。
ウハンジをはじめ、他の者も驚いてそちらの方向に目をやる。
グレイが立っていたのは扉の外であり、そして、その傍らには赤い服を着たアムト神官が佇んでいた。

「一体どうやって外に出たんだ?」

というジャミルの問いも尤もである。さっきまで傍らにいたはずである。

「扉からだ。」

どうやら、一同がどたばた劇を演じている間に、扉を抜けて一度外に出たものと思われる。
部屋に居る誰もが、邪神と化したホークと醜態をさらすウハンジに気を取られ、まったく扉には気を止めていなかった。というより、扉そのものが忘れ去られていたようである。だれも監視しておらず、完全に開け放たれていた扉を、堂々と出て行ったようだ。
そして、アムト神官に事情を説明してつれてきたのだろう。

「・・・・そういうのは反則っていうんだ」

まだ斧を構えたままのホークは呆れたように言った。
そんなホークをグレイは無視してアムト神官を無言で促す。
アムト神官は部屋の中の惨状には特に気を止めずに、ついと進み出た。
そして何時もと同じように恬然として語る。

「分かりました。アムト神殿には今までこのような無法を黙殺していた咎があります。
アムトの教えをこれ以上曲解されない為にも、私が証人となりましょう。」

「う・・・」

アムト神官の言葉にウハンジは言葉に詰まった。
その様子をみて、にっこりと笑って、付け加えた。

「ですが、貴方が約束を守るなら、この事は私の胸の中だけにしまっておきしょう。アムトは無益な争いは好みません。
・・・それから、この娘たちは無事に家まで送り届けて下るようお願い申し上げます」

結局のところ、これでうやむやにしようと言う事らしい。

ウハンジはそれで了承し、ホークは不承不承、結局出番の無かった斧をしまった。
捕らえられた娘達も全員無事に返される事となった。

娘達が部屋から出ていき、ウハンジも事後処理のためと称し、ほうほうの体で逃げ去ったのを見届けてから、ジャミルは腕を頭の後ろで組みながら、うんざりした様子で呟いた。

「なんだか、政治的な話だなあ。俺、苦手なんだよな。こういうの」

「ま、いいじゃない、終わりよければ全て良しだよ。ジャミル」

ダウドが楽観的に言うと、それに呼応してファラが元気に言った。

「そうそう、早く帰ろう!今夜は皆でうちに泊まりなよ」

ファラの案につかれきっていた一行は一も二もなく賛同し、そして、皆アムト神殿を後にした。
去っていくジャミル達をアムトの神官は穏やかな笑みをうかべ。見送った。
そしていなくなったのを見届け、眉根をよせ、先ほどから感じていた疑問を口にする。

「とても強い闇を感じる。シェラハの神官ですらも及ばないほどの闇を。ただの人間から何故?」

そして、また、微笑みを浮かべ疑問を退ける。

「でも、どのような方でも受け入れる。それがアムトの教え。」



アムト神殿からでると、すでに月も沈み、わずかながら東の空が白み初めていた。
だが、ファラたち3人の女達は夜が明けそうだと言う事よりも、外が夜だったこと自体に驚いた。

「ああ、夜だったんだ。知らなかった」

「ホント、窓がないと時間の感覚が分からなくなるね」

アイシャはファラの言葉に肯定すると、立て続けに疑問を口にした。

「今何時かなあ・・」

「さあ、明け方に近いんじゃないかな」

ファラは適当に空を見れば誰もが分かる事を言ってから、アイシャに尋ねた。

「ねえ、アイシャあんたこれからどうするの?」

アイシャは今まで捕まっていて、何所とも知れない町に居るというのに、そのようなそぶりは見せない。

「村へ帰るよ。おじいちゃんも心配しているだろうし」

それを聞いたジャミルがかなり乗り気に提案した。

「なら、俺たちが送っていってやろうか?やっぱり、ちょいとほとぼり冷ましてこないとなあ」

その言葉にファラが愕いたように声を上げる。

「え?ジャミル街から出て行くの?」

「なんだよ、すぐに帰ってくるって!そんな顔するなよファラ!」

ジャミルは泣きそうな顔をしているファラを元気付けるように言った。
それは別段、ウソでも建前でもなく、本当にそうするつもりだったのだ。
アイシャを送って南エスタミルに帰ってくる期間はざっと計算して1ヶ月ぐらいだろう。ほとぼりを冷ますのにちょうど良い時間だ。それにどうせ街を出るのなら何か目的があったほうが無作為に行動するよりいい。

「だって・・・・さみしいよ・・・」

「心配するなって、ホントにすぐに帰ってくるよ!」

ジャミルはファラの肩に手をおいて誓う。

「本当?」

ファラはじっとジャミルの目を見て尋ねる。ジャミルも見返してうなづく。

「ああ、必ず帰ってくる」

その時のジャミルの瞳には何の曇りも無かった。

「わかった・・・気をつけてね。」

周りをまったく無視して二人の世界を構築していたジャミルとファラにアイシャは心底済まさそうに謝った。

「ごめんなさい。ファラ・・・」

周囲に他者が居た事を思い出し、ファラは赤面して慌ててアイシャに逆に謝罪した。

「いいんだよ!あんたが謝ることじゃないよ!こっちこそごめんね!」

そして、さっきまでのジャミルに対する態度と異なり、強気に脅すように言った。

「ジャミル!アイシャの事はちゃんと守ってあげてね!アイシャになんかあったらあたいが許さないからね!」

ジャミルもなた、きまり悪そうに「たはは」と笑ってから大げさに自分の胸を叩いて自身たっぷりに言った。

「おう!俺たちに任せておけば大丈夫だって!!!」

ダウドはいままで自分は関係ないと思い、話に加わらなかったがジャミルの「俺たち」と言う事場に反応し、恐る恐る尋ねる。

「え?おいらも?」

「当たり前だろ!」

ジャミルは断定するように言った。ダウドがついてくる事に何の疑問ももたなかった。

「う、うん・・・・そうだね・・」

そんなジャミルに気おされてダウドは消え入りそうな声でうなづいたが、立ち止まりしばし物思いにふけっていた。



「それにしてもミリアムさんが無事でよかったですね。」

ジャミルたちのやりとりを背後に聞きながら、アルベルトは晴れ晴れとした表情で言った。
無事に・・・かどうかは分からないが、人助けが出来たことを喜んでいるようだ。
ホークもまた上機嫌で言った。

「ああ、そうだなあ。人助けってのは楽しいもんだなあ」

「貴方の場合、女装を楽しんでいたようにしかみえませんが・・・」

アルベルトはなるべくホークのほうを見ないようにして呆れたように抗議した。
ちなみに、皆、まだ女装姿である。



一行の先頭を行くのはグレイとミリアムである。

「うん、これで良し。他には怪我した所はないか?」

グレイはミリアムが街灯を殴った時に怪我した右手を術で治療しながら尋ねる。
ミリアムはさっきまでの痛みがウソのように引いたのを確認すると、「うん」とうなづいてから、明るく言った。

「もう大丈夫!よかった〜結構痛かったんだよね。やっぱり、いざというとき困るから、あたいも回復術覚えた方がいいかなあ」

それを聞いてグレイはずっと疑問に思っていた事を口にした。

「そういえば、結局術は覚えられたのか?」

その質問にミリアムは笑顔を貼り付けたまま一瞬硬直し、一呼吸おいてから絶叫した。

「ああああああ!!!!!!」

背後にいた仲間達は何事が起きたのかと、仰天したが、何時もの事なのでグレイは別段気にしなかった。
とりあえず、民家が建ち並ぶ場所で夜中に大声を上げるのは良民の眠りを妨げる事になるし、例え夜中でなくてもご近所迷惑なのでやめたほうがいい、と思っただけだ。

「さっきアムトの神官さんに教えてもらえば良かった〜〜!!!今から言ってくる!!」

ミリアムは急に進行方向を変える。どうやら本当にアムト神殿に向うつもりのようだ。

「明日にした方がいい」

グレイはその突飛な行動に驚きもせずに言った。その言葉にミリアムはピタリと動きをとめ、上半身だけ振り返った。

「え、いいの?明日出発するんでしょう?」

「1日ぐらい伸ばしても問題ない。そもそも今の状況で明日出発するのは無理だ。」

きわめて冷静に判断する。あまりにも何時もと変わらない調子におもわすミリアムは笑う。

「あはは、確かにそうねえ。」

そして、再び、進行方向を変え、とととっとグレイの横に戻って来た。

「・・・・・・ねえ、グレイ」

暫く、無言で歩いていたが、ふいにミリアムが深刻な様子で尋ねる。

「なんだ」

「具合は大丈夫?」

「何のことだ?」

グレイはその質問の意図が分からず、怪訝そうに聞き返す。少なくとも今はまったく調子の悪い所はない。

「だって、アムト神殿に来るといつも具合悪くなるじゃない?」

「偶然だろう。」

ミリアムの言葉に、「ああ」と思い出したように納得するが、一言で片付けた。
いくらなんでも偶然がそう頻繁に起こるものでは無いと思うし、自分でもあまり納得できる説明ではないが。ミリアムにとってはさらに釈然としない説明であろう。
だがさしあたってその理由が思い当たらない。

ミリアムはどう、言葉を続けたらよいか分からなくなり黙り込んだ。
再び沈黙が降りる。
が、その沈黙は珍しくグレイによって破られた。

「すまんな」

ミリアムは驚いた。一体何を謝ることがあるのだろう?むしろ自分が謝らなくてはと思ってその接ぎ穂を探していたのだ。
ミリアムの動揺に気付いたか、いないのか、言葉を続けた。

「お前に危険が及んでいた事に気づかなかった。」

どう考えても知る事は不可能だったと思うが、そんな事を気にしてくれていたのが嬉しくって満面の笑みを浮かべた。そして勢い良く背後から腕を絡ませた。

「ううん、だって助けに来てくれたじゃない!有難う!」

そして、一行はようやく、ファラの家に辿りついた。
空を見上げると、赤い月もすでに無く、黒い帳もしだいに色あせていた。
夜はもう明けようとしていた。

次へ

2006年9月 ありがとうございました!
次で終わりです。
もう帰る


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