綺羅星綺談 1
ミンサガ
もう帰る

ワロン島。

此処はマルディアスの最北、赤道直下に位置し、スコールが絶えず、冬というものが存在しないこの島は9割以上が亜熱帯植物に覆われ、全体がジャングルと化している。このジャングルは植物とそこに活きる生き物にとっては楽園である。

唯一その恩恵を得る事が出来ないのは人間だけであるといえるだろう。
南バファル大陸に広がる広大な迷いの森のように、此処に入る者は戻る事が出来ないと言われている。
だが、無謀にもそのジャングルの中を探索する者は後を絶えない。
それは、ジャングルには財宝が隠されているという伝説がまことしやかに囁かれているからである。それも、伝説の海賊、キャプテン・シルバーの隠したといわれる財宝が。

また、別の人は言う。この島には古い神殿があって、そこには月の力が封じ込められているのだと。
アロン島のジャングルは腕に覚えのある冒険者の訪れをその凶暴な緑のかいなを広げながら待ち侘びている。



ジャングルの奥地で見る星空はマルディアスのどの地で見る星空よりも美しかった。
これから、二つの月の女神の力を司る神殿に行こうと言うのに、皮肉にも今夜は赤と銀、どちらの月も空には無かった。
余計な灯が無い為、星だけが輝いている。煩いほどの星の数だ。

アイシャはこのような星空をみるのははじめてだった。もっと見ていたかった。
だから、今夜の見張りは自分が引き受けようと思ったのだ。

「うわ〜流れ星だ!ねえ見てみて!」

アイシャはともに見張りをしていたバーバラに声をかける。

「え?何処何処?」

バーバラもアイシャと一緒にはしゃいでいる。それもそのはず、いくらいろいろな地を旅したとはいえ流石に観客が動物しかいないジャングルまで踊りに来る事はない。
バーバラにしてもこんな星空は初めてだった。無論ジャングルが危険だとは承知している。
でも、その不安を吹き飛ばすほどの美しさだ。

「あ〜ん、なくなっちゃったぁ、とても綺麗だったからバーバラにも見せたかったのにな」アイシャは残念そうにつぶやく。

「ふふ、これだけ星がたくさんあるんだからまた見られるよ」

バーバラはそんなアイシャを見ながら慰める。
バーバラが所属していた一座の歌い手ナタリーと同じ年ぐらいのアイシャはバーバラにとって妹みたいなものだ。

「うん!そうだね!今度は一緒に見ようね!」

いつものように元気に答える。
そしてアイシャはふと星空から地上のジャングルに目をうつす。
そこはただ濃い闇が存在する空間だった。
昼のジャングルは荒々しい程の命に満ちている。だが夜の闇はその命が凶暴なものに姿をかえる。
やはり、ジャングルはほかの森にはない異質な空気をまとっている。

アイシャは少し怖くなって眠っている他の仲間達を探す。
焚き火の周りに眠る3人を見て、ほっと息をつく。大好きな人達が確かにそこに存在するのだと安心する。

アイシャはいつもはなるべく考えないようにしている、消えてしまった一族とおじいちゃんに思いをはせる。
世界中の情報の集まる南エスタミルの盗賊ギルドにもメルビルにある帝国図書館にもその行方を知るよすがはなかった。
何処かからわずかばかりの手がかりでもつかめるだろうと思い、結局今までどおり冒険をル付ける事にした。それがタラール族の行方を知る近道であると信じて。

今は旅の仲間である帝国財務大臣パトリックの願いでバファル皇帝フェル6世の病の治療方法を探すためにアロン島に来ていた。
アイシャにとっておじいちゃんと一族の皆が大切であるように、パトリックにとっては皇帝陛下と帝国は命に代えて守る物であるのだろう。
とても人事とは思えず、アイシャはパトリックに願いを叶えたいと思った。
だから今ここにいる。
アイシャが再び星空に目を向けようとするとバーバラと目が合った。

「どうしたんだい?急におとなしくなると不安になるよ」

「え〜!まるで私がいつも煩いみたいじゃない」

「あら、違うの?」

バーバラはいつもの癖ですこしからかってみた。
アイシャはいつもの事ながらふくれっつらになる。

「もう!いじわる。バーバラも同じ事言うんだね」

バーバラはアイシャの言葉に疑問を抱く。

「ん?他の誰かにも言われたのかい?」

「そうそう、酷いんだよ。この間ね・・」

やや興奮ぎみにそう続けようとしたアイシャだが、その時二人の頭上を巨大な流星が駆け抜けていった。
それはとても大きくて流れる音すら聞こえそうだった。
二人はそれを見て唖然としていた。

「い、今の見た?」バーバラはまだ目線を空にむけながらアイシャに聞いた。

「うん、見た」アイシャもまた、空を見ながら答える。

「綺麗だったね」

「うん、綺麗だった」

二人はしばらく余韻に浸っていたが、ふいにアイシャがつぶやいた。

「本当はね、おじいちゃんの事を思い出していたの。」

バーバラはなんと言っていいか分からずただ「そう」とだけ答え、アイシャの次の言葉を待った。
アイシャは降るような星空を見上げながら、わざとの様に明るく言った。

「私、おじいちゃんも村の人も皆大好き。
 皆ずっと、あの場所にいると信じていた。だからちょっと遠くまで出かけても安心だったの。いつも、帰れば皆変わらずにそこにいてくれる、そう、いつもそうだった。」

そこでふと言葉を切る。

「アイシャには帰る場所があるんだね。」

バーバラはアイシャの方に顔を向けながらそう言った。物心ついた頃には旅から旅への生活だったバーバラには帰るべき故郷はない。それが不幸とも思わないが、帰る場所があるというのはどんなに心強いものだろうかと思うときもある。
アイシャはバーバラの方に目線を移しちょっとうれしそうに言った。

「うん、そうだよ。だから、だから私は安心して何所にでもいけたんだ。」

「ちょっと羨ましいな。」

「バーバラ達も今度私の村においでよ!皆優しいから喜んで迎えてくれるよ!」

だが、其の村には今は人どころかどんな生き物もいない。それはアイシャもバーバラも承知しているが、其の事は今は考えない事にした。代わりにバーバラは

「そうかい、なら、今度行かせてもらおうかな」

とだけ言いった。

そして二人は相変わらず空を見上げている。

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2006年7月 ありがとうございました!
私も昔はよく流星群とか見に行きましたね
もう帰る


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