綺羅星綺談 2
ミンサガ
もう帰る

しばらく空に目をさまよわせていたが、バーバラはふと、アイシャに訊ねた。

「ねえ、知ってる?」

「何を?」

アイシャは好奇心に満ちた顔で聞き返す。
バーバラはそれを受けて語る。

「流れ星にお願いするの、そうすると・・・」

ますます好奇心を顔に浮かべるアイシャ。
バーバラの次の言葉を待つ。

「たった一つだけ、願いを叶えてくれる。らしい」

だが、答えは意外な事目の前の人物からではなくに後ろからあった。
いや、むしろ意外だったのはその言葉を発した人物だった。

「あら、起きていたの?」

バーバラも驚く。起きていた事に関してではなくその言葉に。
何しろ、およそそういう事に興味を示さなそうな人物なのだ。

「あまりにも騒がしいので目が覚めた」

グレイはとくに迷惑そうな顔するわけでもなくそう答え、焚き火をはさんで二人の向かい側に座る。

「今に始まったことじゃないが」

やはり表情を変えずにそう付け加える。
それに反応するのはアイシャだった

「それじゃあ、私達が何時も煩いみたいじゃない?!」

先ほどバーバラに言った台詞と、さりげなく、バーバラを共犯に仕立て上げているが、おおよそ同じ台詞だった。

「違うのか?」

これまた先ほどのバーバラと同じ台詞で返した。
この男には珍しく口元に笑みを浮かべていた。本当に珍しい事だとバーバラは思った。
自分が記憶する限りでは、片方の手でこと足りるほどの数しかない。
明日は雪が降るかもしれない。この熱帯雨林に雪が降るとは通常ありえないが、それほど珍しいことだ。

「ひど〜い!グレイまでそう言うのね!コレで3人目だよ!」

アイシャは思いっきりふくれっつらを作りながら、抗議する。

「3人?他の奴にも言われたのか?」

グレイは、これまた先ほどのバーバラと同じ様な台詞をアイシャに返した。
似たような境遇に生きている者は思考回路も似るのだろうか?
ちらりとそう感じたが、目下、アイシャにとっての重大事は別のところにある。

「そうだよ〜!この間、ホークさんに言われたの!お前は少しも大人しいときがねえなあ。って!酷いよね!」

アイシャがまくし立てるように言うや否や、グレイとバーバラはしばし顔を見合わせ、そして暫くしてから、、

「・・・・・・それは確かに酷い。」

「・・・・いくらなんでもキャプテンに言われたくないわねえ。」

と同時に空気を吐き出すように呟いた。
そして、椰子の葉を敷いて大の字になって盛大ないびきをかいているホークに目をやる。
寝ている時まで煩い上に黙っている時でも一つ一つの行動に轟音が伴う。存在自体が騒音のホークに比べたら、黙っていれば、とりあえず静かなアイシャなど無音にも等しいとすら二人は思った。

暫しの間、沈黙が訪れる。
焚き火のぱちぱちとはじける音と虫の音だけが耳に届く。

「・・・・ねえ。本当なのかな?」

不意にアイシャは尋ねた。
何の事だろう?と他二人は思ったが、口を挟まず次の言葉を待った。

「星は、私の願いを聞いてくれるかな」

アイシャは満天の星空を見上げ、つぶやく。其の見上げる瞳には切なる思いが滲む。

「聞いてくれるのは1度だけだ。それで後悔しないのなら、祈ればいい」

グレイは何時ものように表情を変えるでもなく、かといって無関心な訳でもなくアイシャにそう答えた。

「うん、私。おじいちゃんと村の皆が生きていてくれれば、他には何もいらないよ。」

見返すアイシャの瞳は真剣だった。

「じゃあ、星が流れるのを見落とさないようにしないとね。」

傍らで其の様子を見ていたバーバラはアイシャの肩に手をそえる。
アイシャは其の体温に安心し、こくりと頷く。

「そうだね、そうする」

ふとアイシャは思った。流れ星が発見出来たとして、其のほんのわずかの間に祈れるだろうか?

「其れだけの間に願いを言えるという事は、常にそう思っている程の強い思いだと言う事だ。それだけの思いなら、聞か去るを得ないと言う事だ」

「・・・・なるほど、そうかあ。」

グレイの理の叶っているような、かなっていないような強引な解釈に、二人は同時に呟いたが、納得したかどうかは定かではない。
が、どんなに無茶苦茶な理屈でも、真顔で冷静に言われると、それが真実であるかのように思えた。

「それにしても、一体誰が願いを聞き届けてくれるんだろうね?」

バーバラはふと感じた疑問を口にした。
マルディアスの神話には太陽の神エロールを筆頭に両の月の神はもちろん、様々な神が存在するが、星の神というものは古き神々の時代の伝承でも聞いた事がない。

「さあ、意外と夜と闇を司るシェラハかもしれないな」

果たして、それが冗談で口にしたのか、それとも本気なのか。何時もの様にそこにはどんな表情の変化も見られなかった為、本人にしか分からない。

が、他二人はそれを冗談と解釈する事にした。真顔で冗談を言っては周囲を困惑させているのは日常茶飯事だったと言う事を思い出した。

「あはは、案外そうかもしれないねえ、なら、月のない今夜は願いを口にするのに最適かもしれない。良かったねアイシャ」

バーバラは笑い飛ばし、アイシャを促した。

「うん!じゃあ、頑張って星を探すね!」

そう言って一心に星空を見上げる。あまりに一生懸命すぎて、見ていた二人は顔を見合わせて、思わず苦笑した。
そこにはまるで、年の離れた妹に対する様な親愛の情が見えた。

「それにしても、意外だわ〜」

一心不乱に食い入るように空を見つめるアイシャをそのままにし、バーバラは先ほどから感じていた疑問を投げる。

「何がだ?」

グレイはバーバラに顔を向きなおし、聞き返す。

「流れ星が願いをかなえてくれる話。まさかアンタがそんな事をいつまでも覚えているとはね?」

其れは誰でも一度は子供の頃に聞いた事のある、言い伝えだ。
だが、大人になるに従って次第に忘れ去ってしまうような、他愛の無い御伽噺だ。
他の人間ならともかく、情緒的なことにおよそ興味のなさそうな上、迷信など一蹴しかねないグレイが覚えているとは思わなかった。

「・・・・おかしいか?」

表情は変わらないが、其の口調には微妙に不服そうな響きがあった。それだけでも滅多に無い事だ。

「おかしいわよ。だってねえ?」

バーバラは何とか笑いをこらえようとしていたようだが、こらえきれずにあはははと声を上げて大笑いした。
そんな様子に若干気分を害したのか、グレイは反論する。

「・・・お前こそ覚えているじゃないか」

「あたしは星を見るたびに、其の話を思い出していた。そして其の度に願いを口にいていた。同じ事を祈ったな。」

バーバラはそう言うと背後の椰子の木に背を預けて、傍らのアイシャと同じように空を見上げる。遠い記憶に思いを馳せる。グレイは其の横顔を眺めながら、尋ねた。

「それは、叶ったのか?」

「さあね。半分は叶ったと思うけど、後半分はどうかな?
きっとあたしの命が終わる時にそれは分かると思う。」

バーバラは瞳を遥かなる星空に向けてそう、答えた。
其の瞳に映るのは過去か、それともまだ見ぬ未来か・・・
そんなバーバラの様子をあいかわらず無遠慮に見つめながら、グレイはただ一言

「そうか」とだけ答えた。

グレイのほうに視線を移して可笑しそうに口元に笑みを浮かべて、今度はこちらから問うた。

「あんたも祈ったら?あんたにだって願い事の一つや二つあるだろう?」

バーバラはそう言いながらも返ってくる答えは手に取るようにわかっていた。

「俺はいい」

「・・それはそうだね。あははは。」

それはやはり想像したとおりで、一分も違いがなかった。あまりにも想像通りなので、思わず、声に出して笑った。
一体、誰に次の言葉を想像できただろうか?

「願いは一度だけだ。俺の願いは聞いてもらったから、もういい」

「え?」

露ほども想像しなかった言葉にバーバラは硬直し、相手の顔を凝視した。
が、グレイは別段おかしな事を言ったという意識もなく、何時もと変わらぬ佇まいだった。
それは、冗談だったのかそれとも本気だったのか、表情からは窺い知れない。
もし、それが本気だったとして、一体何を祈ったのだろう?
バーバラはそれを知りたいと思ったが、それは触れてはいけない気がした。



「ねえ!今の見た?!」

今まで、一言も発せず、ただ星を見上げていたアイシャは突然沈黙を破った。
他二人は其の言葉に思考を中断しアイシャのほうを見る。

「アイシャの言う「今の」は見ていないが、 どうやら目的は果たしたようだな」

アイシャに応えた様子は何時に無く優しい。

「うん!コレで大丈夫だよね!」

「そうだよ、きっとアイシャの思いは通じたよ。」

確認するように尋ねるアイシャに今度はバーバラが確信付けるように答える。

「うん、そう信じる事にする。二人とも有難う。私は皆がいれるからもう大丈夫だよ!」

アイシャはうって変わった、明るい表情で勢い良く頷き、そして破顔した。

「それにしても、二人は仲良いね。」

アイシャの唐突なその言葉にバーバラの頬はわずかに上気したが、
闇夜がかくしてくれた。

「そう?」

「うん!まるで姉弟みたい!」

アイシャは自分の言葉にバーバラもグレイも微妙な表情を浮かべたが、その事にはきづかず、さらに言葉を続ける。

「うらやましいなー。私、一人っ子だから。」心底うらやように呟く。

「なら、お前は妹になればいい。」

グレイの唐突な提案に、バーバラ最初はあっけにとられたが、すぐさま笑顔で受けた。

「それはいい考えだね!あんたたまには人間らしい事言うんだね?」

「それではまるで、俺が冷酷無比な人間みたいじゃないか?」

グレイは口にした言葉ほどには不機嫌そうでもなく言い返した。
事実はどうであるかは不明だが、いや、少なくとも周囲の人間にはそう思われていることは間違いないだろう。と言う事にはバーバラふれない事にした。代わりに
「そうだよ、あんたなら妹でも大歓迎だよ」

冗談めかしてアイシャにそういった。まるで誰かが弟である事は歓迎しないとでもいう口ぶりだが、グレイは気づいたか気づかないか、少なくとも表情からは伺えない。気づいたとしても別段なんとも思わないだろうが。

「じゃあ、パトリックさんがおじいちゃんで、ホークさんがお父さんね!
まるで家族みたいだね私たち。」

と、楽しそうに語るアイシャの言葉にバーバラとグレイは同時に未だ盛大にいびきをかいているホークと其の轟音をものともせずにすやすやと眠っているパトリックを見やった。

「パトリック殿はともかく・・・」

「キャプテンがお父さんっていうのはねえ」

そして同時にため息をついた。

「願い下げだな」
「遠慮したいわね」

其の様子を見ていたアイシャはやはり姉弟のように息の合った二人だと思い、笑い出しそうになった。

そして、また、空を見上げる。

相も変わらず、煩い程の数の星々は天上で瞬き続けていた。
願いが聞き届けられたかどうかは未だ分からないが、希望は捨てなくても良いような気がした。


2006年7月 ありがとうございました!
グレイの願いごとについては、アムトの夜の祈りに書いてあります。
それにしても、実際流れ星ってあまりに早すぎて「あ」で終わってしまいますよね。
もう帰る


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