白銀の月明かりの下
ミンサガ
もう帰る
白銀の月明かりの下

18年前、
バルハラント雪原。
マルディアスの最南端に位置する永久凍土。この地はいつでも雪に覆われている。
一応、他の地域では夏にあたる時期には若干暖かくなるそうだが、それはこの白い大地に住む部族にしか分からない事だ。

この地に吹き荒れる風は、全てのものを凍りつかせ、生けるものの存在を拒絶する。
雪原の中腹に存在する名もなき湖も同様だ。
その湖は、いつしか「凍結湖」と呼ばれるようになった。

この湖の氷は巨大な城を内包している。
1000年の間、一度として融けたことのない湖の中にどのようにその城を建てたのか、そもそもいったい何の目的で建造したのか?考えれば考えるほど解せぬ事ばかりだが、
それはずっとそこに存在したので、いまさら不思議と思う者もいなかった。

むしろ、これといって見所のないバルハラントにおいて、唯一の見るに値する観光地として、ありがたがられているのが現状だ。
お宝が眠るのだとまことしやかにささやかれ、故にこの城に挑戦しようとする者が後を絶たなかったが、城は分厚い氷で自らを武装し、侵入者を完全に拒絶していた。

西から上って来た銀の月が氷の城を照らす。無機質な月の光はそれを雪原をさらに冷たく、鋭利に、黒の闇に浮かび上がらせる。それはまるで、孤高の女王のような美しさを放っていた。
今日はアムトの赤い月は空にはない。
20日周期のエリスの月の半分の周期で満ち欠けするアムトの月はちょうど銀の月が満月の時に新月になる。

(まるで本人の性格そのままに落ち着きがない。)
夜の雪原に歩をすすめるカマを背負った白いローブの人物、つまり死の王は心の中で軽く毒づいた。

もし、本人が聞いたら「貴方がおちつきすぎなのよ。私と同じ年のくせにうちの父親よりも老け込んじゃって」とかなんとか返されるんだろう。

赤い月の女神を天敵といって憚らず、大の苦手とする死の王にとっては都合が良いはずだが、少々物足りなくも感じたりもした。

兄にあたるはた迷惑な太陽の神は、歌いながら「けんかするほど仲が良いと世間では言われています」と戯言をいい、冥府の大法官は特に表情を変えずに、しかしため息をつきながら「痴話げんかは外でやってください」などとのたまうが、そんな事は断じて認めない。

何より、それでは妹と、その子供に申し訳が立たないではないか。
赤い月の女神は強大な魔力を有する闇の女王を封じるために太陽の父がただ一人で生み出した。大地の力を借りずにどうやって生み出したのかは謎だが、ともかくそういうことになっている。

そして、赤い月と漆黒の闇は、現在エスタミルと呼ばれている地で激しく争い、そして、誰もが知るように、赤い月が勝利した。
その戦いの後、闇の女王は太陽に願い、神としての全ての記憶と力を失い、人間となった。

なぜ妹がそのような事を願ったのか、理解できなかったが、彼女の本当の望みはなんとなく分かっていた。
過去に思いをはせていた死の王は現実に意識もどし、傍らの少年に目を向ける。
その少年は氷の城をじっと見ていたが、視線に気付き死の王に顔を向け、無邪気に尋ねた。

「どうしたの?」
ちなみに今、死の王は骸骨の面をはずし、珍しく素顔をさらしている。
辺境の地で、しかも夜半だ。人に姿を見られる事もないだろうし、見られたところで、夜の闇の中なので、普通の人間には顔など判別できないだろうから面をつける意味がない。
死の王は少年に答える。

「いや、今日は具合がよさそうだな」
「うん」
その子供はその質問の真意を理解しているのか、していないのか、ただ、ありのままを答えた。

言葉が少ないのはいつも事なので、死の王は別に気にぜず、自分もまたこれまた言葉すくなにこういった。
「そうか」

沈黙が降りる。雪原では余計な物音がしない。耳に痛いぐらいの静けさだ。
遠くのほうで、何かの動物が鳴いているのがまれに聞こえるが、かすかな音が却って沈黙を強調する、普通の人間なら安らぎよりも恐怖を感じるような静けさだ。
それを感じたのかどうか、少年はめずらしく声に不安を押し隠して、死の王を呼んだ

「養父上・・」
「何だ」
「・・・・・」
「早く言わぬか」
「今日は赤い月は出ないんだよね?」

そう、たずねた少年の表情は乏しかったが、今まで彼を見てきた死の王には何かに怯えていることも、その対象が何なのかも手に取るようにわかっている。

「安心するが良い。今日はあれは表れることはない」
この子供は異常なほどに赤い月を恐れている。それはおそらく、本能的に抱く恐怖なのだろう。

死の王は少しだけ表情を和らげながら、少年の頭の上に手を置いた。
その掌の温度に少年は安心したように少しだけわらった。
その様子を見て、死の王は少しだけ「母のようにありたい」と望み人間になった妹の気持ちが理解できたような気がした。

そして、その望みがかなったのに、すぐにそれを手放さなければ成らなかった事に哀れみを覚えた。

本来なら誰よりも平等でなければならないはずの死と生を司る神であるゆえに、特定の人間に対して情を傾ける事を自ら禁じていた。

だからこそ、太陽神はこの少年を自分に押し付けたのだろう。だが、、あの意地の悪い兄の事だ。もしかしたら、最初からそれが目的だったのかもしれない。

そう思うと、ものの見事に計略にはまった自分に対して腹立たしくおもうが、無邪気に自分を父と呼ぶ少年を前にするとそれも悪くないような気がした。

「さて、そろそろ行くか」
死の王は銀の月の照らす氷の城に向かって歩き始めた。
「何をしておる?さっさと来い、グレイ」
「はい養父上」
灰色の髪の少年は、養父の後を追う。

銀の月は彼らの姿に、自らの領域に住まう森の神を信仰する魔女と娘の姿をかさね、ほほえましく見守っていた。
そして、父親と妹に一部始終を話したら、また悪ふざけの材料にするだろうと思ったので、自分の心の中にだけとどめておこうと決めた。


2007年 ありがとうございました!
ナニコレ・・・・自分でも意味不明
バルハラントに何をしに行ったのかは不明
もう帰る


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