神を宿す舞2
ミンサガ
もう帰る

時は少々遡る。

今日は何故か星があまりなく黒い帳に東から昇った第2の月の深紅が映える。それとも星が月に遠慮したのであろうか?
いずれにしても辺りは月灯りで薄紅に染められる。このアルツールに訪れた4人も同様であった。

「今日は銀の月がない日なのね。赤い月だけだとちょっと不気味ね。」

いま闇夜を照らす月と同じ赤い服を身に纏った女性ミリアムが口を開く。
このあいだアムト神殿で酷い目にあったばかりだ。暫くアムトはこりごりだと思った。
それを受けて、羽にしか見えないマントというより羽そのものを身に付けた少年アルベルトが答える。

「赤い月は嫌いです。あの日もこう言う空でした・・」

あの日とは、エスタミルのハーレムでどたばた劇を演じた日ではなく、イスマス城が落城した日のことであろう事は他の3人は気づいたが、それには触れないことにした。

「そんな事より、俺はハラが減ったぜ!何か食おうぜ」

陸にあがったカッパのホークはわざとらしく話題を変えたが、それは事実でもあるのでミリアムは一も二も無く賛成した。

「本当!エスタミルからここまで町らしい町がなかったもんね!もうへとへとよ。疲労は乙女の大敵ってね!」

「誰が乙女だ?」

間髪をいれずに突っ込みを入れたのは言うまでもなくグレイだ。

「あ・た・く・し・意外に誰がいるって言うのよ?」

ミリアムはまったく答えた様子もなく得意げに返す。
この二人は何時もこの調子である。

「俺より年上のくせに何を言っている?」

外野で取り残されていた他2名の間に衝撃が走った。
グレイとミリアム、この二人はどう見ても構って欲しい妹とあしらう兄の図にしか見えない。

「ミリアムさんが若作りなのでしょうか?それともグレイさんが老成しているのでしょうか?」

アルベルトは傍らのホークにだけ聞こえるように言った。

「おそらく両方だろうよ。ところでお前あの二人の年齢しってるか?」

「さあ、私はミリアムさんはジャミルやダウドさんより少し若いぐらいででグレイさんはシフより少し若いぐらいだと思っていましたが・・・」

どうでもいいことだと言わんばかりに投げやりなホークに対しアルベルトは自分の考察を生真面目に述べた。

「いまいち解りづれえな・・・大体俺はシフってやつに会った事がねえから想像もできねえよ。お前の例えには具体性が足りねえ!」

「想像出来得る範疇を越えた人物。それがシフです。今まで想像した事の無い人を想像していけばいずれ該当すると思います」

「んなもん想像できるか!」

ホークとアルベルトは何時もなぜだか会話に齟齬が応じる。そしてこれまた何時もの様に議論の方向性が提起された問題から逸脱しまったようだ。
そんな二人のことはすでに意識の外に追いやっているミリアムは物騒にも鎌の形状をしたバトルスタッフをグレイに突きつけ糾弾する。

「何よぉ!一つしか変わらないじゃないの!」

「いくつだろうが年上には変わらんだろう?そもそも27歳にして乙女と自称するのがおこがましい行為だ」

ミリアムと対照的にまったく表情を変えないグレイ。

「あーーーー!アンタ今あたしの年齢ばらしたわね!今まで隠していたのに!!」

「自分で公表したんじゃないか・・・俺の年齢に一足せば自ずと答えが出る。誰だって解ける計算だろう・・・」

呆れたようにミリアムに返すが、この二人と同じく白熱していた議論を一時中断し二人の会話に耳を傾けていたアルベルトとホークはグレイに対し

「いや、今迄しりませんでしたよ・・・」と心の中でだけ突っ込みを入れておいた。

「そんなこたぁどうでもいい!」

どの事だかは解らないがホークは荒げた声でその場の全ての動作を止めさせた。
そしてホークもまたグレイを糾弾する。

「おい!てめえは俺より10歳も年下なのに何でそんなに生意気なんだよ!」

この発言に対し他の3人は

「そんな年だったのか・・」

「えー?!そんなにおっさんだったの?」

「そんな年齢だとは思いませんでした」

同時に三者三様驚嘆の声をあげた。
これによりホークがグレイに向けていた怒りは霧散されてしまった。

「おいおい、俺が36歳なのがそんなにおかしいかぁ?」

「いえ、その正直言いますと、グレイさんとおなじぐらいだと・・・・」

「ガラハドのように年相応に見られない老け顔なかわいそうな人なんだと思ってたわ」

「ガラハドが年相応に見られないのは禿げだからだ。それはさておき、ミリアムと同じぐらいだと思っていた・・」

みなそれぞれ自分感想を控えめに述べたが、つまり精神年齢が低いと言外に語っていることは言うまでもない。
ホークはそれを意に介さず話を大分前にもどした。

「だからよそんな事はどうだっていいんだ。早くメシ食いにいこうぜ!腹が減って死にそうだ」

と言ったか言わないかのうちに盛大な音を立てたのはホークの腹の虫である。
実際、ホークだけでなく他3名の腹も鳴らないまでも限界に近づいていた。

「確かに、無意味な議論をしている場合ではないな。行こう」

グレイは何時ものように別段表情を変えるでもなくそう提案した。

「一体誰のせいだと思っているんだ!?」

無益な議論を繰り広げる発端となった余計な一言を言った張本人に対し、3人は内心で同時に突っ込みを入れたのは言うまでもない。
が、これもいつものことであるので今更それを言の葉にのせる気も起きなかった。
そして一行は腹の虫を黙らせるべく、店を探し始めた。

「さて、何を食べようかな?あたいはデザートにケーキが食べられれば他はなんでもいいから、あんたたちで決めてよ。」

ミリアムが宝飾品を探すのと同じような熱心さでアルツールの大通りを物色しはじめる。
この界隈は食堂が軒を連ねており、各国からやってくる旅人を相手に、様々な国の料理を提供している。夜のこの時間帯は常に猥雑としており、お世辞にも高級な場所とはいえないが、適度な喧騒は人の気配を確かに伝えてくれ、店から漏れる橙色の明かりは疲れた心に暖かくひびく。そして食欲をそそる匂いが漂ってくる。そこに居るだけで幸福を感じる。

ローザリアの貴族であるアルベルトは今まで縁が無かった場所であるが、仲間達とこう言う場所に来るたびにそう思う。そして自分は今まで知っていた世界はなんと狭かったのだとも思う。
ものめずらしさも手伝ってか、おのぼりさん宜しく、キョロキョロ目移りしながらアルベルトは言う。

「そうですね、やはりヴィシソワーズとアーティチョークの・・・」

「なんだその舌かみそうな名前は!俺は酒が飲めりゃあ何でもいい!あと肉と魚!!・・とそれから甘い果物があれば何も言う事はねえ!」それだけ有れば確かに何も言う事はない。

皆思い思いに希望を述べるが、美味しいに越した事はないが、とりあえず腹に収まれば何でもいいと思っているグレイはその談議には加わらず、少し離れたところから相も変わらず無駄な事に体力を使う彼らを、表情には出さないが、内心相当呆れつつ眺めていた。

「だーかーらー、あたいはケーキとロレンジが食べたいの!!」

「そんな物で腹にたまるか!!やっぱり肉だ肉!!それから酒!そしていい女が居れば尚いい」

「ホークさん、それは食べられません。」

「ああ?まあそうだな、けどなあ、別の意味でなら・・・」

「ちょっと!!子供相手に何教えてんの!?」

また口論を始めたようだ。3人の声が周りも喧騒を突き破って耳に響いた。正直言って煩い、だが、それはむしろ快い。

「ん?」

その時、わずかばかりの風が名前と同じ色の髪を撫でた。
そしてそれは微かな音色を運ぶ。

聞き取れない音だが、それが音楽をなしているのは分かった。

そして、その曲のメロディーのフレーズが脳内でつながった時、グレイは電流が走ったかのように、硬直した。それほどの驚きだった。
1件のパブからかすかに流れる其の曲は遥かなる記憶を手繰り寄せる。

「あれは、あの曲は・・・」

あの曲を最後に聴いたのはいつだっただろう?
思い出そうとしても指の間から流れ落ちる砂のように頼りない記憶。

表面上に現れた感情の変化はかすかだった。おそらく第3者が見たらまったく気付かないであろう変化だ。だがこの人物の場合、かすかでも表情の変化する事自体がおよそ珍しい。

グレイはその其の音に誘われるように、歩を進める。
常ならぬグレイの行動に他の3人は口論を中断し、慌てて追いかける。

「おい!まてい!勝手にどっかいくんじゃねえって」

「まちなさあ〜い!せっかく何所で食べるか決めたのに〜」

ホークとミリアムが慌てて呼び止めるが、まったく聞こえていなかった。
その曲以外に何の物音も耳に入らない。
その音源のパブを探し出すと何のためらいも無く観音開きのドアを押し開ける。古い扉はギイィィ〜と軋み音を立てたが、中の人間は気付かなかったようだ。曲が雑音を打ち消したのか、それとも他の何かに夢中なのか・・・

おそらく後者だとグレイは確信していた。否、それが何なのか、其の何かを演じているのが誰なのか、曲を聞いたとき既に確信していた。
この曲を知る者は自分の他に両手で数えられるほどしか居ない。
そして、この曲に合わせて、というより曲があわせて、踊ることの出来る人間は二人だけだったはずだ。しかも其のうち一人はもう居ない。

パブの客の視線の先にあるものを見た時、自分の考えが正しかった事がわかった。

「バーバラ・・・」

呆然自失しした体で呟いた。

分かっていた、だが珍しく、本当にあり得ないことだが、はっきりと傍目にも分かるほどに動揺していた。
後から必死に追いかけてきたホークとミリアム、アルベルトの3人はそんなグレイの様子に驚愕した。

「ちょっとどうしたの?具合でも悪いの?」

「グレイさん。しっかりしてください!!どうしちゃったんですか!!」

ミリアムとアルベルトが心配するのも気付かないほどに、気を囚われていた。

ミリアムはグレイの視線の先を辿りその原因を知った。
その視線にあったのは銀色の髪をし、紅い衣裳を纏った踊り子だった。
それが誰なのかは分からないが、恐らく知り合い、それもただの知り合いではない事は分かった。

若干の寂しさが心をよぎった。今まで築いた絆が切れた事を感じた。
ミリアムにとってグレイはただの仲間ではなかった。そして、向こうもそう思っていたハズだった。少なくとも今まではそうだったはずだ。
そうでなければ、解散する時にわざわざ自分と共に行動する事は無かったはずだ。もともと、どうでもいい人間とは行動を共にすることのない正確だった。
恋愛がいつまでも続くという事が幻想だと言う事は知っているし、コレが始めてではない。

もちろん、向こうにその気が無いのに関係続ける事の愚も知っている。
だから、執着する事はしたくない。何よりも、そうすることで築いたものを汚すのは否だった。

だが、そう割り切ったからといって慣れるものではない。


なんともいえない暗澹とした気持ちのまま、その女性の踊りを食い入るように見つめる。確かに素晴らしい踊りだと思う。心が震え、そして涙を流した。
それが、悲しみだったのか、感動の琴線にふれたのか・・それは本人にも分からないだろう。

そんな二人、そして踊り子・・つまりバーバラも合わせて3人の様子にホークはただならぬ関係を感じ取り、呆れつつもこれから何事か起こりそうな予感に半ば楽しんでいた。
恋愛ごとに疎いアルベルトは何がなんだかわからずにグレイとミリアムとパブの中央で踊っている人物を交互に見やった。

そしてそんな彼らの様子を憂いを潜めた瞳で見続ける人物が一人。
緋色の装束をまとい、漆黒の艶やかな髪を持った美しい女性。給仕のシェリルだった。

その間、バーバラはただひたすらに踊り続ける。

今の彼女の意識は地上の世界はなく、ただ、何だかわからない偉大な意思に身をゆだねた神の入れ子だった。

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2006年8月 ありがとうございました!
なんかグレイが酷い人になってしまったけど、まあいいか。(いいのか?)
もう帰る


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