アムトの夜の祈り1
ミンサガ
もう帰る
20年前
飛竜月4日夜半。
北エスタミルの広場。

飛竜月4日(2月14日)はアムトの赤い月が誕生した日だと伝えられる。
元は、アムトに感謝の祈りを捧げる日だったが、アムトが愛の神だと言うことで、いつしか永遠の愛を誓い合う恋人達の日として伝えられるようになっていった。

この日はエロールの祝日と並んでマルディアスで最も人気のある祝日である。
北エスタミルはアムトの本殿があるため、この日は多くの人々が集まる。
それに便乗してか、毎年町をあげて、祭りを開催し、恋人達もそうでない人たちも仔の祝祭を謳歌していた。

もちろん、神殿前の広場には参拝におとずれる多くの恋人達や、また、祭りの市が所狭しとならんでおり、他のどこよりも賑わっている。
満つる赤い月の元、愛を語る幸せそうな人々を掻き分けて二人の子供が急ぎ足で行く。

一人は少女、一人は少年で少女のほうが少年の頭一つ分背が高いので、すこしばかり年上なのだろう。

「まってよ、何処行くの!」
年上の少女が先に行く少年を呼び止める。
少年は答えようとせずにそのまま走り去ろうとする。
だが、祭りの日のこの人ごみに進路を阻まれる。くわえて、少女のほうが体が大きい分、足も速い。

追いつかれるのは時間の問題だ。
案の定、次の曲がり角で後ろから腕をつかまれてしまった。
「はなして!」
「絶対ダメ!」
少年は振りほどこうとするが、少女は彼がこのままどっかに行ってしまうのを恐れるように、頑として離そうとしなかった。そして、問い質した。

「アンタ一人で何処にいくつもり?」
「・・・・」
少年は押し黙ったまま答えない。
そんな様子をみて、これ以上は聞くだけ無駄たと思い、かわりにこういった。

「じゃあ、あたしも一緒に行くよ」
其の言葉に少年は今まで黙ってたのとは対照的に反射的に答えた
「ダメだよ!出て行くのは僕だけでいい」
「そう、やっぱり出て行くつもりだったんだ」
「・・・・」

少女に指摘されて、余計な事まで言ってしまったことに気付いた。
でも、一度決めてしまった事だ、今更引く事はできない。
「そうだよ、だから、離して」

いまさら、いいつくろっても無駄なので、素直に認めた。
自分がいなくなったほうが一座にとっては望ましい事だと分かっている。
自分は必要のない存在、それどころかここにいてはいけないのだ。

それは今まで、一座の人々の視線の中に、言葉の中に痛いほど感じていた事だった。だから、今此処を出て行く。そう決めた。
自分が消えてもだれも悲しみはしないだろう。ただ一人を除いては。
「それを聞いたら、余計にそんな事出来る訳ないじゃないのよ!」
少女は掴んでいた手にさらに力を込める。

「もう、決めたんだ。」
「それに・・もう、戻れない」
何かを思い出したように、いつも変化しない表情に微妙に悲痛な色を浮かべた。
何時も大人しいくせに、一度言い出したら聞かない。それを知っているので、少女は明るく言った。

「だからあたいも一緒に行くって」
きっとそう言うだろうから黙って出て来たのだ。
「それはダメだよ。君がいなくなったら皆悲しむ・・」
彼女は自分とは違う・・・
少女は少年の一言に怒ったように言った。

「じゃあ、アンタは自分がいなくなったらだれも悲しまないと思っているの?」
少年は其の言葉に驚いたように、彼女を見上げる。其の様子に少女は若干傷ついた。
そしてこいつはなんて鈍いんだろうと思った。だが、口に出したのは違う事だ。

「アンタがいなくなったら、あたいが悲しいんだよ。そんな事もわからないの?」
其の言葉に心底おどろいたが。少女は相変わらず鈍い奴と思いながらため息をつきながら、掴んでいた手を一旦離した。

「だから、一緒に行こう!」

少女はにっこり笑いながら、改めて改めて手を差し出した。
この手を握ってはいけない。

それはわかっていたが、彼女の言葉が嬉しかった。
だから、少年は自分の手を少女の手に重ねた。
少女は嬉しそうに、強く握り返した。

そしてこの手を離してはいけない
そう思った。
次へ

2006年8月 ありがとうございました!
そして捏造は始まる・・・
もう帰る


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