アムトの夜の祈り2
ミンサガ
もう帰る

北バファル大陸ニューロード、北エスタミルからアルツールまで繋ぐ道。
ビロードの漆黒の帳に張り付いた丸い深紅の月がレンガ造りの街道を浮かび上がらせる。

街道といえども、夜に町の外を歩くのは危険である為、普段はあまり人影がいないが、今今宵はアムトの日。

アムトに愛を誓う恋人達が街道のはずれにちらほらと見られる。
赤い光に照らされた、少年と少女は手を繋いだまま、歩いていた。

道を行く人の中には、年端の行かない子供達に訝しげな目を向ける者もいたが、祭りの日なので、そう言うこともあるだろうと思ったのか、別段彼らに声をかける者はなかった。

町を出てからどれぐらい時間がたったのか、アムトの月は天高く昇っていた。
今まで、お互いに特に口を聞くことも無く歩いてきたが、突然少女のほうが尋ねた

「ねえ、何処にいくつもりだったの?」
「・・・決めてない」
予想していた事とはいえ、気まずそうに答えた少年に対して、少女は呆れた。
「アンタねえ、それじゃあ死ぬつもりだったわけ?」
「・・・・・」

それでもいいと思っていた。だけど、そんな事を口に出したら、きっともっと怒るだろうな、と思ったので何も言わないことにした。

無口なのは今に始まった事じゃないし、どうせ答えてはくれないだろうから、少女はそれ以上追及しなかったが、かわりに提案した。

「とりあえず、このまままっすぐ言ったらローアンとかいう小さな町が合った筈だよね。とりあえず、このまま歩いて行こう。後の事はこれから考えよう」

別にそれに異論はないので、少年は黙ってうなづいた。
アルツールまで歩いていくのには何日もかかる。だから街道には宿場町が点在していた。

彼女が言ったローアンも其のうちの一つだ。
アルツールのような大きな町ではないが、宿や病院などの施設が存在し、旅人を対象にした店もあるので、旅に必要なものをそろえる事が出来る。
と、いってもそれには多少の金子が必要だが、楽観的な少女は「なんとかなるでしょ」と思っていた。

「あ、そうだ」
少女は突然何かを思い出したように大きな声をあげた。

「なに?」
少年は訝しげに彼女を見た。

「流れ星を探そう!」
何を突然言い出すんだろう?と少年は思ったが、疑問を挟む間を与えず、彼女は勝手に話をすすめた。

「流れ星に願い事を言うと神様が願い事をかなえてくれるんだって。でも一度だけなんだって」
そして少し寂しそうに一言加えた「お母さんが言ってた」

彼女の母親はもういない。3ヶ月前に流行り病に冒されたのだ。
「・・・・」
少年には何もいう事が出来なかった。

「お母さんが生きていた時は、あたし達少しは幸せだったのにね」
少女は勤めて明るく言ったが、大分無理をしているのは声が震えている事から推察できた。

そんな彼女の様子になんと言って良いのかわからなかったので、無理矢理話題を変えた。

「ねえ、何を祈るの?」
「え?」
突然の問いに少女は戸惑った。目に浮かんだ涙に彼は気付いただろうか?

そう思うとちょっと恥ずかしかった。が、少年は特に気にする様子もなく何時もの様に無表情に指摘した。

「流れ星」
「あ、そうだった!」

自分で提案しておいて忘れていた。そうだ、願い事をするんだった。
「あのね、いつまでもあたし達二人でいられたらいいねって」

少し照れたようにはにかんだ。だが、少年は当惑したように否定した。
「・・・もっとほかの事を願った方が良いと思う・・・」

其の言葉に少女は掴みかからんばかりに激怒した。
「ちょっと、アンタ。あたいといるのが嫌なの?」
「そんなことは無い。」

予想もしなかった剣幕に気おされて、即座に否定したが、少年の言いたかった事はそう言うことではない。

「それなら良いじゃない」
「でも・・君には幸せになって欲しいんだ」
自分といたら不幸になる。根拠は無いがそれは確信していた。
だから、一人で出て行こうと思ったのだ。

「アンタがいればそれでいいわよ」
少女はこれで終わりと言う感じに会話を終わらせた。

そして、少女は赤いつきを見上げた。そして、感慨深げに言う。
「そういえば、アンタがうちに来たのもアムトの日だったね」
「そうなの?」
それは初耳だった。その時の記憶は曖昧だった。

「あー、覚えてないか。アンタ大怪我してたもんね。アンタを発見した時はもう助からないだろうと思ったよ。」
意識を取り戻したら、一座に拾われていた。そしてそれ以前の記憶はない。
名前すら覚えていなかった。よほどショックが大きかったのだろうと、少女の母親は言った。

「ねえ、まだ何も思い出せないの?」
「・・・・・」
「そっか」
少女はそれ以上は何も言わなかった。
正確には何も覚えていない訳ではない。いつも見る夢に出てくる光景。

あれはもしかしたら、自分が記憶を失う直前に見た記憶なのだろうと予測していた。
だが、それはあまりにも陰惨で、そして、できればあまり直視したくない光景だった。

そして、それは誰にも知らせたくない事でもあった。
もし、あれが現実に起こった事だとしたら、自分は間違いなく人の道に外れた事をしたのだ。そう思う。

だから、彼女のもとにいてはいけない。
自分はもしかしたら、彼女まで殺してしまうかもしれない・・

「ねえ、いつか教えてね」
彼女の言葉で深淵に陥りかけた思考が中断され、現実に意識を戻された。
「なにを?」

だから、ちょっと呆けたようになってしまったが、彼女は気付かなかったようだ。
無邪気に笑いながら少年の顔を覗き込む。

「あんたの本当の名前を」
その時、彼女の青い瞳に赤い月と星が映った。
少年にとって、空の星よりも月よりも、彼女の瞳のほうが綺麗だなと思った。

その瞳に魅せられたのだろうか?常に付きまとっていた不安が少しだけ払拭された。

少年は少女釣られて珍しく、わずかばかりに笑みを浮かべて答えた。
「うん」
少女も珍しい光景に満足した。

この先何が起こるかわからないけど、もう少しだけ、この時間が続けばよいと思った。
少なくとも今だけは幸せだった。

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2007年 ありがとうございました!
ローアンという町はアンサガに出てきます
ローアンのイベントが好きなんだと言うことを、ここでとりあえず主張。
もう帰る


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