アムトの夜の祈り
ミンサガ
もう帰る

「あ!」

それは突然のことだった。

少年の目に影が映ったと思ったら突然それは実体化した。
それは一見人のように見える。だが、それは生ける者の気配ではなく明らかに異質なものだった。

「何!なんなのよ!こいつら」

少女は突如として現れた異様な物体に悲鳴をあげた。
モンスターなら何度も見た事もあるし、一座には戦いに心得のある者がいたので、なんども戦った事もある。
だが、こんな異様な者は見た事がなかった。

「・・アンデッド」
「え?なにそれ、死体ってこと?いや〜!!」

話には聞いた事があった。死者が自分の死を理解できずにフラフラとさまよい出る事があるという事は。

だが、それは、主に廃墟とか墓地のあるところに出現すると言われていた。
こんな街道のど真ん中に現れるとは思わなかった。
今まで、街道での旅しかした事のない彼らにとって初めて見るものだった。

「どうしよう!」

少女は慌てふためいた。二人の子供で何が出来るというのだろう?一応護身用に小さなナイフは持っているが、そんな物で太刀打ちできるとは思えない。

「どうって、逃げるしかないじゃないか」

少年はそう言って、少女の手を掴んで後方に逃げようとした。
普段から感情の起伏が少ないと思っていたが、こう言う時でもそうなのだろうか?

少女は場違いにもそんな感想を抱いた。
二人は全力で来た道を戻った。
今なら、まだ町からそんない遠く離れていない。それに、町の周辺なら人出あふれていた。
とりあえず、そこまで行けば大人の人たちに加勢を頼めるだろう。

ザバッ

だが、アンデッドは地下を潜伏し、そして彼らの行く手を塞ぐように再び出現した。

「ダメじゃん!」
少女は絶望的な声を上げた。
「後ろは?」

だが、彼らの背後の地面からもアンデッドは出現した。どうやら2体いたらしい。
退治は絶たれた。

「どうするの!?」
「戦うしかない」




そう言って少年は護身用に持っていた短剣を懐から出した。
だが、明らかに心許ない小さな武器であり、第一、子供の手には余る獲物だ。

「下がって」

傍らで怯えている少女に冷静にそう告げて、一体のアンデッドをめがけて突進した。
一座の護衛戦士から、短剣は切るものではなく、全身の力をこめて突き刺すものだと聞いていた。だから、言われたようにそうした。

狙われたアンデッドは、自ら懐に飛び込んで来た獲物を鷲づかみにしようと手を伸ばした。
だが、少年は頭を低くして避けた。

「っ!!」
「きゃあああ!!!」

少年が声にならない悲鳴を上げるのと、少女が少年の身を案じて声を上げるのはほぼ同時だった。

一応、直撃はしなかったが、アンデッドの鋭い爪が右の肩にかすり、衣服ごと皮膚まで引き裂いた。

どれほど深い傷なのかは本人にも分からなかったが、とりあえず、肩から流れる血で、手に持つナイフが滑り落ちた。

其のすきをらって、アンデッドは襲いかかろうともう一度手を振りかざす。

「調子にのるんじゃないよ!」

其の様子に、今まで怯えるだけだった少女は手近にあった石を力一杯投げた。
夢中で次から次ぎへと投げる、とりあえず、注意を彼からそらさなければ。

痛覚の鈍いといわれるアンデッドにとって、石がちょっと当たったくらいではたいした実害はないが、あまりにも何度も何度もぶつけられると気になる。

小うるさいので、石を投げた少女を先に始末しようとそちらに意識を向ける。
敵の意識が自分から逸れたのを悟った少年は其の間に落とした短剣を拾い、今度こそ、アンデッドの心臓に深々とそれを突きたてた。

果たして、アンデッドは
「シュルルルル〜」

と音にならない声をたてて、崩れ落ち、そして、大地に消えた。
少年は其れを見届けると、がっくりと地面に膝を落とした。

外面に現れないだけで、恐怖が無かったわけではない。ただ、彼女を守りたかった。其の想いだけが突き動かしていた。

「やったあ!凄い凄い!」

少女はそれを見て思わず喜びはしゃいだ。
少年もまた、彼女が無事で良かったと安堵した。彼女の所に行こうと思い、立とうとした。

だが、
シャアアア

「危ない!!!」
もう一体のアンデッドが少年に襲いかかろうとしたのと、少女が彼を庇おうと突き飛ばしたのはほぼ同時だった。

「!!!」

少年が気付いた時にはすでに、少女はアンデッドの爪の餌食となっていた。
其の光景を目の当たりにした、少年は普段は表層に現れる事の無い感情が湧きあがるのを感じた。そして其の感情に身をまかせた

「・・・・・・許さない!!」

目の前の相手を、だが、何よりも自分を許せなかった。
彼女を護る事の出来なかった自分に。

アンデッドは彼女の命を完全に絶とうと心臓に爪をついたてようと手を振りかぶった。
そんな事はさせない。これ以上彼女を気付けるのは許さない。

「やめろぉぉ!!」
全ての怒りをぶつけるように、アンデッドに突進した。
そして、アンデッドは避けるまもなくあっけなく消滅させられた。

それを見届ける事もせずに、少年は瀕死の重傷を負った少女に駆け寄って、深紅の血にまみれた少女の体を抱き抱えた。

「・・・!!」

少女の名前を呼ぶ。
名を呼ばれた少女はかすかに残っていた意識を総動員させ、少年の顔を確認する。

「・・ああ。大丈夫だったんだ。良かった・・・」

息も絶え絶えにそう言い、そして微笑みかけた。

「良くない!良くないよ!!」
「・・泣かないで・・」

言われて初めて自分が泣いている事に気づいた。
でも、そんな事はどうでもいいことだった、彼女さえ生きていればどうでもいい。

でも、彼女はすでに致命傷を負っていた。助からない事は嫌でもわかった。
彼女の体から徐々に命の炎が消えていく。
どうにも出来なくて、ただ、名前を呼ぶ事しかできなかった。

「・・・星がキレイ・・・」

既に痛みすら感じられなくなった少女は夜空の美しさだけしか感じられなくなっていた。でも、あまり幸福ではない人生だったけど、大好きな人を護る事ができて、そしてこの星空に抱かれて死ぬのも悪くない終わり方だと思った。
でも、彼に悪い事をしたと思った。そんな顔が見たかったわけじゃないのに。

「・・・ごめんね・・」

いつでも一緒にいたかった。でも、もう、きっと無理だ。
星に願い事をしておけばよかったかな。
そして、意識はそこで途切れた。

「ダメだ、目を覚まして!!」

少年は彼女はもう目を覚まさないのだと悟った。それでも名前を呼ばずにはいられなかった。
「・・・・・・!!!!」
其の声は夜空に消えた。

次へ

2007年 ありがとうございました!
・・・・アンデッドに心臓があるのだろうか?
いや、元人間なんだから、あるにはあるのだろうけど果たしてい心臓が弱点たりえるのか?
とは思ったが、それは気にしない方向で。
もう帰る


inserted by FC2 system