アムトの夜の祈り4
ミンサガ
もう帰る

先ほどうけた肩の傷の痛みなどとっくに忘れていた。
心の痛みに比べたらたいした事のない傷だ。
そして、あまりの痛みに返ってなにも感じられなかった。何が起きたのか理解する事を拒否していた。

彼女の動かなくなった体を抱いたまま、ただ、彼女が最後に言った事を思い出した。
星が綺麗だと言っていた。
綺麗なのは生きていた彼女だった。

本人は自分ノ容姿があまり好きではなかったようだけど、彼にとってはいつも笑っていて、元気な彼女は誰よりも綺麗だと思った。

「お願い、もう一度、目を覚まして・・・・」
「・・・・」

少年は自分が言った言葉に何かを思い出した。
そして、赤いつきと満天の星空が目に映った。今まで、全く気にしてなかった景色だ。

だけど、今、何かを空に必死に探した。
彼女の言った事がただの言い伝えだとは分かっていた、でももし、ほんのわずかでも望みがあるなら、それならば、何もしないよりはマシだと思った。
願い事はたった一つだと言っていた。でもそれ以外に望みはなかった。

「神様、彼女を助けて下さい」
何の神様だかはわからない、でも願いを聞いてくれるのなら、誰でも構わなかった。赤い月でも銀の月でも荒ぶる海神でも、邪神でも。

東の空の星が落ちた。
だが、それに気付かないほど、一心に祈っていた。

それぐらいどれほど時間が経ったのだろう?
彼女の体はまだ温かい、多分思った程は経っていないのかもしれない。

少年は傍らに何かの気配を感じた。
新手のモンスターだろうか?だが、今の状況で戦う事など出来そうもない。でも、彼女がいないのに、生きていても仕方ない。
力なくそちらに顔を向ける。

「?」

そこにいたのは白いローブを纏った人物だった。
いや、果たして人なのだろうか?
巨大なカマを持っているからとか、骸骨のような面を装着しているからとかではなく何かが決定的に違う。

そう、気配が違う、直感的にそう思った。
そして、自分に近い存在だと言う事も、何故だかわからないがそう思った。
「あ、あなたは・・」


白いローブの人物は無言で少年に近寄った。
少年は初めて怖いと思ったが、だがそれは恐怖というよりは畏怖の念だった。

風体が異様だからとかではなく、その圧倒的な存在感に気圧されていた。
白いローブの人物は少女を抱きじっと自分を見つめている少年に手を伸ばした。

殺されるのだろうか?そう思ったが、彼女を放って逃げようとは思わなかった。
だが、予想に反して、其の手は少年の手に触れただけだった。その事にかえって驚いたが、表情には表れなかった。

「ほう、たいしたものだ、お前は私が怖くないのか?」
白いローブの男は若干感心したように尋ねた。

よく、誤解されるが表面に表れないだけで感情が無い訳ではない。もちろん今だって、恐怖を感じなかったわけではない。だが、

「この人を失うよりも怖い事なんてありません」
少年はきっぱりと言った。
「・・・・」

白いローブの人物は少年の抱く少女に目を向けた。
そして、少年の様子をもう一度見る。それで大体の状況は察した。
少年の悲痛な心の叫びは自分にも届いていた。

そして、其の責任の一端が自分にもある事も分かっていた。少女まで巻き添えにするつもりは最初からなかった。
だから、提案した。もし覚悟があるなら聞いてやらないでもない。

「お前が望むのなら、その少女を助けてやろう

其の言葉は絶望しかなかった少年の心に一筋の光明をもたらした。
でも、それが本当なのかどうか、確かめるのが怖かった。
もし、「冗談だ」などと言われたら、それこそ立ち直る事が出来ないだろう。
だから、ただ

「彼女を助けて下さい」とだけ言った。
白いローブの人物は、少年の答えに、説明を続けた。

「彼女の命の炎はまだかすかだが消えてはおらぬ。今ならまだ間に合かもしれぬ。
だが、それには代償が必要だ。」

そこで、一反言葉を切った。
そして、少年にその言葉の意味をさとらせるように、ゆっくりと言った。

「お前の命を貰おう」

白いローブの人物の声は不気味なほど静かな夜空に響いた。
その意味を悟るのに時間はかからかなった。少しの躊躇もなく答えた。

「構いません。それで彼女が助かるのなら」

あまりにも早く答えが返ってきたので、ローブの男は軽く驚いて、本当に意味が分かっているのだろうかと思い、念のためもう一度聞いた。

「後悔はせぬな?」
「はい」
答える少年の灰色の瞳には何の迷いも無かった。それなら、何もいう事はない。
「良いだろう。お前の望みをかなえてやろう」

白いローブの人物は右手を天に掲げた。
少年にはいたみは感じなかったが、自分の中から力が抜けていくのがわかった。

でも、それで、彼女が助かるなら・・彼女の青い瞳を見ることが出来るなら・・
何を差し出しても怖くなかった。






数時間後、

街道沿いの小さな町ローアンに血にまみれた少女を背負いながらやってきた少年の姿が会った。

小さな町だが、ここでもアムトの祭りは行われおり、真夜中だというのに、多くの人たちで賑わっていた。
祭りの夜に現れた異様な光景に町人も旅の途中で立ち寄った人々も何事かと驚いた。
少年は町の人たちに「彼女を助けてほしい」と訴えた。

宿屋の隣に拠を構えていた医者がすぐに飛んできて、彼女を自分の家に連れて行き手当てをした。
だが、驚いた事に、服に付着したおびただしい血量に対して傷はごく小さかった。

いや、小さいというより、大きな怪我だったが、大分ふさがっており、命のほうにも別状はないようだった。

「安心していいよ。2、3日もしたら、意識を取り戻すよ。」
医者は少年に向って安心させるように笑顔で告げた。

「良かった」
少年は心から安堵したように、呟いた。
周りで固唾を飲んで見守っていた、野次馬も一様に

「良かった良かった、」
「アムトの晩に悲劇はにあわねえ」などと口々に言いながら、喜んでいた。
「うるさい。けが人に迷惑だろうが。さっさとどっかに行け」

医者は野次馬をおっぱらった。
大分静かになった病室で、少女の様子を見守る少年に医者は尋ねた。
「彼女は君のお姉さんかい?」
「いいえ、違います。ただの通りすがりです。」

少年は彼女との関係を全て否定した。もう、二度と彼女と関わることはないのだから。同じ事だ。

「え?」
医者は訝しげに聞き返した。
「道に倒れていたんです」
「ああ、そうか。なら、君は良い事をしたね。」

医者は心底感心して、少年の頭を撫でた。そして「君にアムトの加護があるように」とこの日に交わされる言葉を送った。

「もう行きます。」

医者の言葉に居たたまれなくなった、少年はその場から立ち去ろうとした。
「彼女を此処まで運んできたんだ。君だってつかれているだろう。少し休んでいきなさい」

医者はひきとめようとしたが、少年は表情を変えずに告げた。

「待っている人がいるんです」

「ああ、そうか。では早く家族の所にかえりなさい。気をつけていくんだよ」
勝手に合点して、送り出した。
少年は背を向けて外に出ようとした、そのとき、ある事に気づいたので、一度振り返って尋ねてみた。

「彼女は、これからどうなるんでしょう?この人は一人になってしまう」
一座に今更戻る事は出来ない。そもそも彼女も帰りたくはないだろう。
でも、身寄りの無い彼女は一体どうすればいいのか・・・
今更それに気付いた。

「それなら問題ないよ、この町には子供が欲しいのに出来ない人たちが結構いるからね。
それに、うちも其のうちの一つだ。僕たち夫婦が面倒をみてもいい。彼女さえよければ」

そう言って、医者は向こうの台所のほうで薬草を煮詰めている看護婦のほうに視線を向けた。

其の視線に気付いたのか、看護婦は顔を上げて、にっこりとわらった。
どうやら夫婦だったらしい。
人が良さそうな二人を見て、それで少年は心底に安堵した。
これで、思い残す事はない。

「ありがとうございます。彼女を宜しくお願いします。」
「ああ。もちろんだ」

暖かい笑みを浮かべてそう答える医者と後ろのほうで微笑んでいる看護婦に彼女を託してふたたび、背を向けた。

「また、おいで」
それには答えなないで、「さようなら」とだけ告げて病院を出た。

そして、町の外まで、脇目もふらずに走り去る。
祭りの夜の喧騒にだれも少年には気付かなかった。

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2007年 ありがとうございました!
・・・・ええーい、もうどうにでもなれー
もう帰る


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